研究課題/領域番号 |
17K04712
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
有本 真紀 立教大学, 文学部, 教授 (10251597)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 個性 / 個性調査 / 言説編成 / 歴史社会学 / 学校的社会化 / 小学1年生 / 児童 / 教師 |
研究実績の概要 |
日本の近代学校において「個性」概念が普及・浸透した過程を捉えるために、2020年度は、特に以下の2点に焦点化して研究を進め、実績へとつなげた。 ①小学1年生を対象とする個性調査 はじめて学校生活を経験する小学1年生は、学校階梯全体の中でも特別な時期にあり、他の学年とは異なる配慮や扱いを要する存在とみなされる。しかし、随時入学の等級制をとっていた学制期・教育令期に1年生は存在せず、新参者の集団が形成されてもいなかった。それが明治中期に学年学級制が定着し、明治40年前後から「個性調査」が普及していく中で、小学校入学後のできるだけ早い時期に「個性調査」を実施することが推奨され、さらには入学前の段階で子どもの個性を把握することの必要性が主張されるようになる。そこで、明治期・大正期の教育書および教育雑誌から、尋常小学1年生児童に対する調査が重視されるようになる経緯を明らかにし、新入学児童とその家族に向けられるまなざし、学校と家庭とが最初に取り結ぶ関係の変化を考察した。その中で、「個性」が学校生活における人間関係から次第に見えてくるものではなく、指導を効果的に行うための前提として把握しておくべき事項と見なされるようになる経過が明らかになった。この知見は、「調査対象としての尋常小学1年生―明治期・大正期の教育書・教育雑誌から―」として、日本教育学会第79回大会に於いて発表した。 ②「個性調査」に関連する教育事象 ①のように児童の個性をめぐる言説に着目するだけでなく、「個性調査」に関連する教育事象についても、研究協力者とともに多面的に分析を行った。具体的には、「戦前期の学校儀式唱歌」「学校管理論にみる生徒懲戒」「明治期の校則」「進級試験と年齢規範」「操行査定」などの切り口を通して、「個性」が見出されていく場や機会に関する言説と「個性調査」の前史を考察し、学会発表、論文として成果を公表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2020年度の目標として掲げた通り、小学1年生を対象とする個性調査に重点を置き、学校が実施してきた「個性調査」の中でも、小学校入学前後の子どもの個性が見出され注視されるようになった経緯を検討した。検討にあたっては、教師を主な読者とする教育書、教育雑誌に加え、家庭向け育児書や児童向け学習雑誌などを用い、学校教育のみならず家庭の育児においても子どもの「個性」に関心が高まっていく様相を捉えた。 本研究の特色は、明治期から昭和戦前期にかけての学校で、教師により記入された「個性調査簿」「操行査定簿」「児童観察簿」「学校日誌」「会議録」といった貴重な一次史料を用いた分析にある。そのため、各地に残る学校文書の調査、収集がきわめて重要となるが、2020年度は地方での史料調査が全く実施できず、近隣の図書館等でも利用制限の影響を受けたため、ほとんどオンラインデータベースに掲載された文献資料に頼ることとなった。 それにより、進捗状況としては「やや遅れている」としたが、制約が大きい中でも明治期・大正期の代表的な教育雑誌から関連記事を体系的に収集する作業を継続した。また、オンラインデータベース検索により得られる資料に絞られたことで整理がしやすくなった面もあり、その点は今後の研究推進に役立てることができると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
本課題の最終年次となる次年度には、研究成果を総括し、知見の整理とさらなる課題の検討を行う。その方策として、以下を予定している。 ①状況に応じて個性調査を中心とする地方一次史料の収集・分析を再開し、教育雑誌の「個性」関連記事、教育書、育児書、学習雑誌等の文献収集も継続して実施する。 ②新たな史資料収集と並行して進めたいのが、これまでに日本各地から集め、画像データとして蓄積している学校文書の分析である。文書には「個性調査簿」「操行査定簿」「児童観察簿」など、個々の児童について記録された表簿史料と、「学校日誌」「会議録」「文書綴」のように学校全体あるいは地域の複数の学校が協議したり交わしたりした内容の文書が含まれる。このうち、「個性調査簿」等の表簿形式と内容については、全国的な広がりや差異、推移を分析し、すでにいくつかの論文にまとめている。この分析作業を進め、①の史資料との関連を読み解き、学校と家庭における「個性」概念と、関連実践の浸透を考察する。その上で、individualityの訳語として使われ始めた当初は価値的な意味をもたなかった「個性」の語が、「個性の伸長」「個性尊重」のように価値づけられていく過程と、そうした言説の実践の場への普及を追う。また、個性調査へとつながる操行査定についても、実施に至る議論の過程を、主に明治期の試験論を通して検討したい。 ③単著として出版企画が決定している『小学1年生の歴史社会学』(仮)では、書籍や雑誌等により流布した公的な言説と実践の場で記録された一次史料を活用し、小学1年生という存在の歴史的過程をたどる。加えて、現代において「児童になる」ことの意味と、子どもたちが経験する「歴史的身体」の不可避性を考察する予定であり、その執筆を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じたのは、COVID-19の感染拡大によって史資料収集調査が停止したことが主な要因である。2021年度は、状況に応じて可能な限り各地の学校や図書館、文書館において史資料収集を実施したいと考えている。また、単著執筆を進めるにあたって必要となる、古書を中心とする図書の購入、雑誌記事の整理収集、文献複写などへの使用を計画している。
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