研究課題/領域番号 |
17K04793
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研究機関 | 山口大学 |
研究代表者 |
石井 由理 山口大学, 教育学部, 教授 (70304467)
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研究分担者 |
福田 隆眞 山口大学, その他部局等, 理事 (00142761)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 美術教育 / 音楽教育 / アジア / 文化 / 国民アイデンティティー / 音楽教科書 |
研究実績の概要 |
美術分野においては福田の国民文化の四層構造理論、音楽分野においてはKamwangamaluの理論の検証を進めた。美術分野では、台湾とシンガポールでのフィールドワークを実施し、四層構造理論に対する現地の美術および美術教育研究者との意見交換を行い、現時点での同理論に対するレヴユーを受けた。また、以前の研究から得たマレーシアとインドネシアの国民文化形成に関する知見と今回の台湾に関する調査の結果を踏まえて、四層構造理論によって東アジアおよび東南アジアの美術における国民文化形成を説明することの可能性を論じた論文を書いた。 音楽分野では、協力先との調整が順調に進んだため、29年度に韓国でのアンケートおよびインタビュー調査を実施した。128名の大学生から得た回答の分析・考察は30年度の課題となるが、既に終了した集計からは、インターネット動画で世界的に流行した西洋風K-ポップスが「韓国の音楽」への回答上位に入るなど、他国での調査では見られなかった現象があることが明らかになっている。シンガポールと台湾に関しては、予定通り教科書の調査を中心に研究を進めた。シンガポールのNational Institute of Educationにおいて音楽教科書の調査と、音楽教育の教授からの聞き取り調査を実施し、政府の国民音楽文化形成の政策が、4つの公用語の並置から英語中心に変化したこと、西洋大衆音楽の扱いが、退廃的文化としての否定から経済成長のための促進へと変化したことなどを論文にまとめた。台湾の教科書については、戒厳時代、1990年代の台湾化時代、そして現在の掲載曲の変化を分析し、戒厳時代の中華民国としての北京語の歌詞をもつ大陸の曲から、台湾の民謡や童謡の導入を経て、現在は現代台湾作曲家による北京語を中心とした台湾諸言語の歌詞をもつ西洋化された曲に変化したことを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
美術分野では、アジアの国民文化の四層構造理論を検証するために現地の関係者の知見を求めてシンガポールと台湾へのフィールドワークを行い、現地の美術教育関係者への取材を行った。また、理論面においては、過去のマレーシアおよびインドネシアに関する研究と台湾に関する研究をふまえて、四層構造理論によってこれらの国々の国民文化を説明することの可能性を論じた論文を1本まとめることができた。この枠組みの中にシンガポールも含めて比較を行う予定であるが、まだ論文としてまとめるまでには至っていない。音楽分野については、30年度に実施する予定であった韓国でのアンケート調査を、現地との調整が順調に進んだため、シンガポール・台湾の研究に優先して29年度に実施したため、その結果の集計と整理に時間が割かれることとなり、当初の予定であったシンガポールおよび台湾に関する比較研究がやや遅れている。具体的には、それぞれの国策および教科書の内容については調査を終えて論文にまとめたほか、本研究以前の日本、タイも含めた近代アジアにおける国家による国民文化形成の政策比較を行い、スペインの学術誌に掲載予定である。また、平成30年7月開催の第33回International Society for Music Education世界大会では、アンケート結果の簡単な考察も含めた口頭発表をする予定であるが、国家による国民文化形成とともに国民による下からの国民文化形成を考察するためのアンケート調査の結果も含めてKamuwangamaluの理論を用いて本格的に比較分析するにはまだ至っていない。しかし、分析するためのデータは29年度の教科書調査によってほぼ整えることができた。
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今後の研究の推進方策 |
美術分野においては、29年度のフィールドワークの結果も踏まえて、シンガポールも含めた国民文化形成の四層構造理論を当てはめた考察を行い、同理論の適用の可能性をさらに検証する。そのうえで、ともに多文化多民族社会であり、植民地体験をもつ台湾とシンガポールの分析結果を比較し、国民文化形成における伝統文化の捉え方が東アジアと東南アジアでは異なるという仮説を検証していく。さらに現地との調整次第で可能であれば、インドネシアでのフィールドワークを実施する。 音楽分野に関しては、ひとつは29年度に引き続いて台湾およびシンガポールの政府による音楽教育を通した国民文化政策とアンケート調査に基づく下からの国民文化形成を合わせて比較し、Kamuwanamaluの理論による説明を試み、論文にまとめていく作業がある。この作業の途中経過は、7月のInternational Society for Music Education世界大会で口頭発表をする予定である。それと並行して、29年度に前倒しして実施した韓国の大学生に対するアンケート調査の集計結果をもとに、回答された曲のジャンル分類を精緻化し、それぞれの調査項目において多数の回答を得た曲の特徴を分析する。このために、回答曲の歌詞、作曲家、歌っている歌手など、曲そのものの特徴を明らかにするほか、その曲がもつ歴史的、社会的背景、政府の政策なども併せて調査する。調査は主として文献によるが、最近のことでまだ文献に反映されていないことなど、文献からは明らかにできないことについては、昨年度のアンケート調査の際に韓国でインタビューをした音楽教育研究者への問い合わせも行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は主としてフィールドワーク先への旅費であるが、その他はそれぞれの項目での残額が積み重なったものである。当初の予定では、平成29年度は美術、音楽両分野の現地調査を台湾とシンガポールで実施する予定であった。しかし音楽分野では韓国の調査協力者との調整が順調に進んだため、そのタイミングで現地に行くことが望ましいと判断し、台湾ではなく韓国でのフィールドワークを行った。美術分野では申請時よりも交付額が減額されたことを考慮し、他の研究資金で行くことの可能なシンガポールではなく、より情報収集の必要性の高いインドネシアでのフィールドワークを優先するために必要な旅費を確保すべく、29年度には台湾のみで現地調査を行った。 謝金の項目に関する理由は、Espacio, tiempo y educacionへの投稿に際して、英文校閲を無償で引き受けてくれる研究者を見つけることができたことと、韓国の調査協力者がアンケート用紙の日本語からハングルへの翻訳を無償で申し出てくれたためである。また、物品費に関しては、韓国でのアンケート調査の集計を先にしたために、台湾、シンガポール、韓国に関する文献調査が後となり、書籍購入があまりなかったことがあげられる。次年度使用額は30年度のインドネシアでのフィールドワークにまわすほか、国際学会で発表する原稿と国際学術誌への投稿の際の英文校閲、文献購入に充てる予定である。
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