研究課題
本研究は、アジアの国々の比較をとおして、それぞれの国の学校芸術教育におけるグローバル化と伝統文化の関係を探り、日本の学校の芸術教育への示唆を求めることを目的としている。アジアの国々は、西洋近代を取り入れてきたが、近年のグローバル化の中で、それぞれの文化の独自性をも求められるようになり、伝統文化の価値が見直されている。このような背景のもと、自国文化の独自性をどこに求めるかは、それぞれの国によって異なっている。本研究では、福田の国民文化の四層構造およびKamwangamaluの言語と国民アイデンティティのモデルを分析ツールとして、国民文化における普遍性と独自性を探求している。平成30年度には、音楽分野では日本、タイ、シンガポール、台湾の国民アイデンティティ形成における音楽教育と言語の関係を学術誌に発表したほか、これらの国の国民文化としての音楽が過去志向と未来志向に分けられることを国際学会において口頭発表した。また、日本とシンガポールの音楽科のカリキュラムを比較し、普遍性と独自性のバランスが異なることを国際学会で口頭発表した。さらに29年度に実施した韓国でのアンケート調査の結果をもとに文献調査を進め、アンケート上位曲が日本統治時代の対日本としての国民文化、独立後の西洋から直接影響を受けた韓国音楽としての国民文化、近代化以前の伝統文化としての国民文化、グローバル化時代のインターネットによって世界に認知されたK-popsの国民文化の四つの異なる国民文化を代表していることを論文にまとめた。美術分野においては、四層構造に基づいた韓国の美術および美術教育を分析し、近代美術の教材として、伝統的な韓画、民画、日本の影響による西洋画、日本画、戦後の抽象美術や現代美術を構造化し、その総体が韓国の独自性であることを学術誌に発表したほか、シンガポール、台湾の美術文化を四層構造を用いて分析した。
2: おおむね順調に進展している
平成30年度は、海外のフィールドワークを実施したのはインドネシアの美術教育と国民文化に関する調査のみであったが、29年度の調査で得られたデータや資料の分析を進めるとともに、対象国に関する文献研究を進め、国民文化の四層構造およびKamwangamaluの言語と国民アイデンティティのモデルを用いた分析によって、研究をより深めることのできた年度であった。具体的には、音楽分野のシンガポールについての研究に欠けていた音楽教科書の分析を終えることによって、シンガポールと日本のグローバル化への対応の比較が可能となり、多民族社会および植民地経験を共通項としてもつ台湾との比較も可能となった。一方、美術分野においても音楽分野においても分析のための情報が不足していた韓国に関するデータ分析および文献調査を進め、音楽、美術両分野において部分的に成果を論文としてまとめることができた。韓国についての分析は現在も継続中であるが、30年度に進めた研究によって同じ日本による植民地経験をもつ台湾との比較がほぼ可能な状態となっている。また、音楽分野におけるインドネシアでのアンケート調査に向けた準備も進めることができた。美術教育分野では、台湾での四層構造のレビューにおいて、美術文化に政治的な要素を考慮する必要があることを指摘された。インドネシアにおいては、四層構造は成り立つが、西洋の影響が大きいと指摘された。シンガポールでは四層の規定となる伝統文化の定義と認識が困難であるとの意見があった。これらのことから東アジアと東南アジアでは四層構造における西洋の影響に差異があることが明らかになってきた。
平成31年度は、まず、両分野ともに、30年度までの研究から得られた成果を国際比較研究の論文としてまとめる。また、これと並行して、音楽分野においてはまだ実施していないインドネシアでのアンケート調査を実施する予定である。このための現地協力者との最終調整、アンケート調査のための質問紙のインドネシア語への翻訳を進めつつ、後の分析のためのインドネシアの学校教育、音楽教育および音楽文化に関する文献調査を行う。また、韓国で行ったアンケート調査の分析も、日本、シンガポール、台湾とのより総合的な比較研究を行うためには、30年度に行った分析とは異なる観点からの分析が必要であるため、インドネシアのフィールドワークと並行して進めていく。31年度半ばまでにこの分析を終了し、令和2年度の国際学会での成果発表のためのアブストラクト提出に向けて、発表内容を明確にしていく。美術分野においては、韓国の四層構造における戦後の構造化についてレビュー を受け美術教育の教材との関係を明らかにする。インドネシアに関しては、30年度に実施した現地での美術教育関係者による四層構造のレビューから明らかになってきた課題である、東アジアと東南アジアにおける西洋の影響の差異に注目しつつ、インドネシアでは西洋の影響と各民族の伝統文化との関係がどのようになっているのかを明らかにするために実態調査を行う。
次年度使用額が生じた理由は、それぞれの項目での支出が少なかったためである。中でも最も大きかったのは、30年度の人件費・謝金の支出がなかったことである。30年度には英文での投稿論文や国際学会での発表資料および発表原稿など、英文での成果物が多い予定であった。これらの英文のネイティヴ・スピーカーによる校閲に費用がかかると考えて計画していたが、実際には発表の際にパネルを構成した外国の研究者や、旧知のネイティヴ・スピーカーの好意により、英文校閲費用が全くかからなかった。また、29年度に取った韓国でのアンケート調査データの分析おおび考察に関しても、30年度の分析の観点の性質として、主として韓国人研究者が英語もしくは日本語で発表した論文を中心に行い、留学生を使っての韓国語インターネットによる調査を実施しなかったため、謝金が生じなかった。31年度には30年度には行わなかった韓国語インターネットを使っての調査を実施する予定であるとともに、インドネシアでのアンケート調査のための翻訳謝金、学会発表のための英文校閲謝金が生じる予定である。次に計画との金額の差が大きかった旅費に関しては、30年度に実施したフィールドワーク調査が1件であり、その旅費が比較的少額におさまったためである。31年度は韓国およびインドネシアでのフィールドワークを予定しており、その際に今回生じた次年度使用額を使用する予定である。
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