本研究「教師の「熟練性」のライフヒストリー的研究ー目標構造の多層化の契機とそのプロセスー」は、熟練教師が授業を行う際、短期的には授業において実現を企図する学習者の資質・能力とともに、中期的な目標(例:教科指導全体で育てるべき資質・能力)、また長期的な目標(例:人間教育)を持って授業に臨んでいるのでは、という仮説をもとに、熟練教師の授業の参加観察、インタビューによって、目標構造、およびその生成過程について明らかにしようとする研究である。 いわゆる「熟練教師」の実践記録(公刊されている)には、単なる授業内容及び目標だけではなく、学習者の汎用的な資質・能力(思考・判断・表現力)、人格の陶冶(非認知能力を含む主体性の育ち)まで踏み込んだ実践が多々ある。おそらく実践記欲の読み手は、そのことを感じ取り、心動かされるのである。築地久子氏の社会科の実践では、ある子どもの「心性」の自覚と変容が核として存在するし、中学校英語教師の田尻吾郎の実践では、ある子どもの友だちとの信頼関係の構築が中心に置かれている。一方、授業内容の深みも担保されている。より正確に言えば、授業内容の深まりと人格の陶冶が相即的に進展しているのである。 私は熟練教師の授業においける目標構造の問題としてとらえ、熟練教師の授業参観およ事後のインタビューを通してライフヒストリー的に明らかにする試みを行ってきた。コロナ禍の中で教育実践現場への参入がしにくい状況ではあったが、ビデオ撮影やオンラインでのインタビューも使用して、さまざまな現場(小学校、日本及び海外の大学、日本語学校)において熟練教師の授業参観、インタビューを行い、目標構造の多層化(授業目標⇒教科目標⇒人間目標)がライフヒストリーの中で生起していることを明らかにできた。
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