本研究ではグラフェンの電子状態に及ぼす歪みの効果を走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いて評価する手法の開発を行った。グラフェンへ応力印加を行うために、石英製の圧子を試料裏面から押し出し、試料を変形させる機構を組み込んだ特殊ホルダーを製作した。金単結晶試料に対してこの特殊ホルダーの動作試験を行ったところ、表面ですべり変形が起こり、<110>方向に沿ったステップで囲まれた数nm~数十nm程度の寸法をもつテラスへと表面再構成が起こり、特殊ホルダーによる応力印加が確認された。次に、同ホルダーを用いて、PET上の単層グラフェンに応力印加を行ったが、グラフェンの原子分解能STM像が得られた一方で、明確な電子状態の変化は検出されなかった。この原因を探るために、基板変形によってグラフェンに誘起される歪み量をラマン分光により見積もったところ、2680cm-1付近に見られる2Dピークのシフト量から、単層グラフェン内誘起される歪み量は最大で0.4%と判明した。ランダウ量子化が発現するグラフェン中の歪み量は4%~10%が必要と報告されているが、これに比べると基板変形で得られる歪み量は一桁程度少ない。さらに大きな歪みを導入する代替案として、基板への圧痕形成を検討した。ビッカーズ硬さ試験に用いられる圧子をシリコン基板に押し当てて10μm程度の圧痕を形成すると、その周囲(5μm程度)で3%程度の歪みが得られることが報告されている。そこで、超高真空中で試料表面に圧痕を形成する機構とSTM探針直下で10μm程度の大きさの圧痕を探し出し、探針アプローチが可能な顕微装置の製作を行った。シリコン基板を用いて試験を行ったところ、圧痕の形成とその近傍に探針のアプローチに成功し、原子分解能STM測定が実施可能なことを確認した。今後、この実験をグラフェン試料へと展開していく予定である。
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