研究課題/領域番号 |
17K05055
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研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
下村 勝 静岡大学, 工学部, 教授 (20292279)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 表面再構成 / シリコン / リン / 走査トンネル顕微鏡 |
研究実績の概要 |
本研究では、分子の移動を伴う単分子素子(アクティブ単分子素子)の開発を目指している。29年度は走査トンネル顕微鏡(STM)によって高濃度リンドーピングの表面構造を原子スケールで調べ、リン原子周辺の電子状態について解明した。 熱拡散プロセスによってリンをドーピングしたシリコン基板に対して、4端子法および二次イオン質量分析計測によって十分な量のリンが導入されたことを確認した。続いて、その基板をHFでエッチングした後、超高真空容器に導入し、フラッシング加熱を行った。STM観察の結果、filled-state像において、7x7再構成構造の輝点の中に、一部高強度の輝点が観察された。これは表面のSiアドアトムをP原子が置き換えた構造であると予想される。表面に露出したP原子には非共有電子対が存在するため、filled-state像の強度が上昇することは妥当である。一方、empty-state像では、このような強度の上昇が観察されていない。レストアトムの位置をP原子が置き換えた場合には、3個の輝点が同時に高強度になるという現象も観察された。 サブサーフェスにP原子が存在する場合には、P原子に電荷が移動することで、表面原子がより正に帯電するという結果が得られた。この場合にはempty-state像の方がより高強度の輝点が観察された。 リン原子濃度が特定の値を超えた場合、表面の7x7再構成構造は消失し、P-terminated Si(111)-(6√3×6√3)再構成構造が観察された。この構造では最表面にリンが高密度に存在していることが予想される。1原子おきにリン原子に置き換わっている場合には、非共有電子対の精密な配列が実現されている可能性があるため、ルイス酸ガスの吸着などへの応用研究が期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
ここまでの研究の達成状況について、以下に列挙する。 1.目的としていたリンの高濃度ドーピングに成功した。2.リンの高濃度ドーピング処理後に超高真空中に試料を導入し、フラッシング加熱した表面の原子スケールでのSTM観察に成功した。3.上記の像の解析から、ドーパント周辺の構造について電子状態の予想ができた。4.ドーパント濃度が特定の値を超えた場合に表面構造が大きく変化することを見出した。5.走査トンネル分光によって各表面の電子状態の情報が得られた。6.上記をまとめて、招待講演2件を行った。7.上記をまとめて、査読付き論文1件を発表した。 本研究は3段階のステップを計画している。1段階目はシリコン表面への高濃度ドーピングによって50nm程度の間隔を持つナノギャップ電極を作製し、電極構造を保ったまま、シリコン清浄表面のSi(111)-7×7再構成構造が得られるかどうかをSTMによって確認するという内容である。ここまでの研究により、フラッシング後に、ほぼ清浄表面と同じSi(111)-7x7が観察されていることはすでに確認できた。このことは、本研究を推進する上で大変意義深い結果である。しかし、ナノギャップ電極の作製という目標までは到達できていない。この意味で、当初の計画に対して、やや遅れていると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
まずは、申請時の計画の第1段階を終了させる。続いて、第2段階として、ナノ電極間に自己組織化的に分子柵を形成させ、その中に アクティブ分子を閉じ込め、電極にかける電圧と分子の挙動の関係についての調査、3段階として、ナノ電極間の分子柵の秩序を乱すことで柵を大きくし、複数のアクティブ分子を閉じ込めた後、分子の挙動についての調査を計画している。 具体的には、ナノギャップ電極間のSi(111)-7×7表面上に、ピロール分子柵の形成を行い、その中にアクティブ分子TMPを閉じ込める。外部からナノギャップ電極に電圧を印加し、分子の挙動をSTMによって調べる。我々の過去の研究から、TMP分子は清浄なSi(111)-7×7表面上のアドアトム上に吸着し、STM観察中にアドアトム間をホッピング移動することが分かっている。このホッピングの駆動力がSTM探針と試料間のバイアス電圧であると予想されているため、本実験では、STMの電流量をできる限り下げることで、探針-試料間の距離を離して、観察を行うことを検討している。ナノギャップ間に一定時間電圧をかけ、電圧を切り、その後STM観察を行うという作業を繰り返す。STM探針による電場の影響を無くすことはできないが、1回のスキャンで動く分子の数は約10%以内であるため、ナノギャップ電極によるアクティブ分子の移動がこの比率を上回っている場合には、分子の挙動の評価が可能である。 研究の遂行上の問題点として、建築物の建て替えのため、走査トンネル顕微鏡の装置を一時移転しなければならない状況にある。場所が移動した場合、振動などの影響が出る可能性がある。もしそのような状況になった場合には、理論計算などによって検討するなどの方針展開が必要になる可能性がある。
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