本研究の目的は、電極間における表面吸着分子の挙動の解明である。研究実施計画においては、リンドープ電極を用いてこれを実現することを計画していたが、リンドープ電極の微細化には熱拡散による限界があることが判明したため、SiC表面上のグラフェン膜による分子・原子吸着実験に挑戦してきた。今年度は走査トンネル顕微鏡装置の移転に伴い、実験が制限されため、当初の計画にあったピロールによる分子柵の中に閉じ込めた分子・原子の挙動について理論計算からのアプローチを進めた。ここでは、状況を単純にするため、基板側に電子を1つ供給すると考えられる銀原子を吸着させ、ピロールの有無でどのような違いがあるかを調査した。クラスターにはSi(111)-(7×7)の単位格子の半分にあたる6個のダングリングボンドを有するSiを含むクラスタを作成した。銀原子は多くの内殻電子を含むため、有効内殻ポテンシャル(ECP)を用いて、量子化学計算プログラムGAMESSによる計算を行った。計算方法としては、密度汎関数(DFT)法を用いた。センターアドアトムへ吸着したピロールの有無により、コーナーアドアトムに吸着する銀原子がどのような影響を受けるか、全エネルギーによって評価したところ、何も吸着物がない表面への銀原子の吸着エネルギー(吸着前のエネルギーに対する吸着後のエネルギーの差)が、-0.0341 Hであったのに対し、隣接ダングリングボンドにピロールが吸着している銀の場合には-0.0411 Hに変化した。負の値は、より安定した方向を示す。このように、ピロールの吸着によって、銀原子の吸着は若干ではあるが安定化することが分かった。このことは、トリメチルフォスフィンのような電子供与型の分子に対しても同じ傾向があることが予想される。今後、本手法により、ダングリングボンド間の移動のポテンシャル障壁を見積もることを計画している。
|