研究課題/領域番号 |
17K05067
|
研究機関 | 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 |
研究代表者 |
間瀬 一彦 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構, 物質構造科学研究所, 准教授 (40241244)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 有機薄膜太陽電池 / 窒素含有芳香族有機分子 / バソクプロイン / フラーレン / 内殻光電子分光 / 紫外光電子分光 / X線吸収端微細構造 / core-hole clock分光 |
研究実績の概要 |
有機薄膜太陽電池などの有機デバイスは、薄い、軽い、柔軟、製造コストが低いといった特性をもつため、実用化が期待されている。過去の研究で、有機分子と電極の間にバソクプロイン(Bathocuproine, BCP)など窒素を含む芳香族有機分子を緩衝層として挿入すると有機デバイスの特性が向上することが報告されている[P. Peuman et al., Appl. Phys. Lett. 76, 2650 (2000)]。しかしデバイスの特性が向上する理由はほとんどわかっていない。昨年度までの研究で、フラーレン(C60)とAg基板の間に緩衝層としてBCPを挿入した場合の電子的相互作用を、放射光を用いたcore-hole clock分光等を用いて研究して、BCPのLUMO + n(n = 3と推測)準位からAg基板への電荷移動時間を2.5 fsと見積り、この短い電荷移動時間がデバイスの特性向上に寄与している可能性を示した。また、金属電極としては超高真空下での昇華法により作製した無酸素Pd/Tiが有望であることを見出した。無酸素Pd/Tiは真空中にて150℃で12時間加熱したあと室温に戻すとH2とCO を排気する、大気導入とベーキングを繰り返しても排気速度が低下しない、H2、H2O、CH4、COなどの脱ガスを低減できるといった特長を持つ。このため、無酸素Pd/Tiの上にBCPを成膜すれば、BCP/金属電極の不純物を低減でき、BCPから電極への電荷移動時間をさらに短縮できると期待される。今年度は、無酸素Pd/Tiに関する研究を重点的に進め、無酸素Pd/Tiを利用して新しい非蒸発型ゲッターポンプを開発した。本ポンプを150℃で12時間加熱したときのH2、CO対する初期排気速度は、それぞれ2350、1560 L/s であった。さらに原著論文2報、解説論文2報、プロシーディングス2報を報告した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在までの研究により、Ag基板上に吸着した単層のBCPの電子状態、さらにその上に単層から多層吸着させたC60の電子状態を測定した。Agは有機薄膜太陽電池の代表的な負極、BCPは有機デバイスの緩衝層としてよく使われている窒素含有芳香族有機分子、C60は有機薄膜太陽電池の代表的なn型半導体材料である。core-hole clock分光により、C 1sからBCPのLUMO + n(n = 3と推測)準位に励起した電子がAg基板へ移動する時間は2.5 fsであることがわかった。一方、他の研究でC60からAg基板への電荷移動時間は遅いと報告されている[A. J. Gibson et al., Surf. Sci. 657, 69 (2017)]。有機薄膜太陽電池では、光照射されたp型半導体で生成される励起子がn型半導体との界面で正孔と電子に分離し、正孔は正極に捕集され、電子はn型半導体を介して負極に捕集される。そこでBCPを挿入しない場合はC60からAg負極への電子移動は遅いが、BCPを挿入した場合はC60からBCP、BCPからAg負極へと高速な電子の移動が生じるために太陽電池の変換効率が向上することが示唆された。さらに、BCP/金属界面の不純物を低減するためには表面が酸化しにくいPdが適していると考え、酸素含有量が0.05%以下の無酸素Pd/Tiの研究を進め、無酸素Pd/Tiは真空中にて150℃で12時間加熱したあと室温に戻すとH2とCO を排気する、大気導入と真空排気、加熱を繰り返しても排気速度が低下しない、H2、H2O、CH4、CO などの脱ガスを低減できるといった特長を見出した。本研究の重要な目的がある程度実現できており、国内外で学会発表を行っていること、原著論文5報、プロシーディングス2報、解説論文2報を報告していることから本研究課題はおおむね順調に進展していると判断した。
|
今後の研究の推進方策 |
今後の研究としては、本研究の過程において新たに見出した酸素含有量が0.05%以下の無酸素Pd/Tiの真空排気性能向上と産業応用を進めることが重要と考える。無酸素Pd/Tiは真空中において150℃で12時間加熱したあと室温に戻すとH2とCO を排気する、大気導入と真空排気、加熱を繰り返してもH2 とCO に対する排気速度が低下しない、Pdの触媒作用を利用してH2、H2O、CH4、COの脱ガスを抑制できる、などの特長を持つ。これらの点は世界的にも前例がない。このように、真空中で加熱すると反応性の高い表面が生成し(活性化)、残留気体を排気する機能性材料を非蒸発型ゲッター(NEG)と呼ぶ。新しいNEGである無酸素Pd/Tiを利用すると、大排気速度と耐久性、低コストを兼ね備えたNEGポンプを開発できる。NEGを利用したNEGポンプは、活性化以外電力を必要とせず、数十年にわたり超高真空を維持できることから、真空関連産業のCO2排出を大幅に削減できる可能性を持つ。そこで今後は、無酸素Pd/TiがH2とCOを排気するメカニズムの詳細を解明する、透過型電子顕微鏡(TEM)、走査型電子顕微鏡(SEM)等を駆使して無酸素Pd/Ti薄膜の表面、薄膜、界面構造を最適化し、世界最高の真空排気速度を持つNEGポンプを開発する、放射光光電子分光(SR-PES)、TEM、SEMなどの手法を駆使して無酸素Pd/Tiが劣化するメカニズムを解明し、100回以上の活性化を行っても排気性能が低下しない条件を確立する、などの研究を進める。さらに、本技術を民間企業に移転して低コストでNEGポンプを量産する技術を確立し、半導体デバイスやディスプレイ等の製造用真空装置、電子顕微鏡、光電子分光装置などへの応用を進める。最終的な目標は、国内の真空関連企業の国際的競争力を高めるとともに、CO2排出量削減に貢献することである。
|
次年度使用額が生じた理由 |
現在、フラーレン(C60)とAg負極の間に緩衝層としてBCPを挿入した場合の電子的相互作用を、放射光を用いた内殻光電子分光、紫外光電子分光、X線吸収端微細構造測定、core-hole clock分光を用いて測定した結果を解析しているが、成果をまとめきれていない。そこで、追加実験の実施や学会発表などを行うために本補助事業期間を1年間延長する。また、無酸素Pd/Tiを利用して開発した新しい非蒸発型ゲッターポンプのH2、CO対する排気速度を測定した結果をまとめた論文、大気導入、真空排気、活性化を30回繰り返した時の排気速度の変化を測定した結果をまとめた論文を投稿する予定でいる。この論文の英文校閲、投稿費、学会等において成果発表する際の旅費としても使用する。
|