研究実績の概要 |
X 線が照射された際に発生する絶縁体表面のチャージアップは,XPS 測定などの分光分析の妨げとなる.先行研究では, “薄い絶縁体” 薄膜に対してチャージアップを緩和する自己帯電補償という仮説が提唱されている.その原理は,X 線が下地の導体基板ホルダーまで到達すると,励起された電子が絶縁体中に注入され,これらの励起電子の平均自由工程 λ より絶縁体の膜厚 Tox が小さい時は,注入電子が絶縁体表面へ届きチャージアップを完全に相殺できるというものである.本研究では,X 線は導体基板に達するものの,λ が Tox より小さい “厚い絶縁体” 薄膜において自己帯電補償が起きるか否かを明らかにすることを目的とした. (1)試料: p 型 Si(100) 基板上にドライ熱酸化によって SiO2 薄膜を成膜した.膜厚は光電子の λ より大きく一般には表面帯電が起きると予想される 0.5~3.0μm とした. (2)実験:XPS 装置で単色化した X線(Al-Kα) を試料に照射して,Si 2pスペクトルのピークエネルギーと基板電流を同時に測定した.ピークエネルギーと基板電流は X 線照射直後から時間とともに変化したので,時間の関数として測定した. (3)結果:“厚い絶縁体” の条件でも SiO2 薄膜表面の帯電はほとんど発生しないという自己帯電補償が起きることが分かった. また Si 2p ピークエネルギーから換算した SiO2 薄膜にかかる電圧と基板電流から算出した SiO2 薄膜の抵抗値は,SiO2 の文献値とほぼ一致していた.これらのことから,この新たな自己帯電補償は,Si 基板中で励起され SiO2 薄膜に注入された電子が伝導帯下端を流れるという輸送機構を通して起きていることが示唆された.
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