研究課題/領域番号 |
17K05105
|
研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
乾 徳夫 兵庫県立大学, 工学研究科, 教授 (70275311)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | グラフェン / カシミール力 / MEMS / メカニカルスイッチ / 固着 / 分子動力学 / ファンデルワールス力 |
研究実績の概要 |
炭素原子の2次元シートであるグラフェンは極めて薄い素材でありながら,電気伝導性がありかつ機械的強度に優れている.そこで,グラフェンをリレースイッチの可動電極とすることで小型メモリーを作製し,OFF時の待機電力消費を削減しようとする研究が行われている.しかし,固定電極との固着が実用化の障壁となっている.グラフェンと固定電極間には静電気力や原子間力に加えてカシミール力が作用しており,本研究ではこのカシミール力が自立グラフェンに及ぼす影響を調べてきた.特に,ドープした半導体とグラフェン間のカシミール力が,光イオン注入より変化することを明らかにしてきた. 通常,グラフェンは固着により機能を失うが,もし,グラフェンを外力で固定電極から引きはがすことができれば,機能を復活させることができる.研究開始時において,そのような外力を発想することはできなかったが,研究を通じてグラフェンの反磁性に伴う斥力を利用できるのではないかと考えた.グラフェンはビスマスに次いで大きな反磁性を有する.この反磁性を利用する方法として磁場を印加する方法とカシミール力を斥力化する方法がある.本年度は後者の可能性ついて理論的に考察した.特に,グラフェンをランダムに回転して積層した多層グラフェンは,通常よりも大きな反磁性を有する可能性が理論的に示唆されており,その効果を取り入れたカシミール力の計算を行った.その結果,反磁性はカシミール力を弱める効果があり,固定電極が磁性誘電体であれば,カシミール力は斥力になる得ることを示した. カシミール力はファンデルワールス力とよく似た力であるが,前者は主としては連続体を念頭に置いて定式化され,後者は原子・分子を対象としている.そのため,グラフェンのような物質のカシミール力を詳しく計算する手法は十分に確立されていない.そこで,一元ファンデルワールス結晶に作用する力の計算を行った.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
グラフェンの有する反磁性を利用した固着防止について研究を進めている.第一はカシミール力が透磁率に依存する性質を利用して,カシミールを弱化しさらには反転させ,斥力化することである.第二は磁場をグラフェンに印加して磁気的反発力を生み出すことである.どちらの場合にもグラフェンの磁気的性質の詳細が必要となる. グラフェンが積層したグラファイトに関しては比較的研究が進んでおり,強い反磁性効果を示すことが知られている.市販の磁石を利用しても,グラファイトを浮揚させるだけの反発力が生成される.しかし,グラフェンでも同じことが可能であるかは自明ではない.そこで,水にグラフェンを分散しブラウン運動を観察した.液中に漂うグラフェンは微小な力でも回転できるため,反磁性効果を感度よく検出できると考えた.ガラス板の間に密閉されたグラフェン分散液に永久磁石を近づけて,暗視野顕微鏡によりグラフェンの反射光の強度変化を観察した.その結果,磁束密度が大きくなるとブラウン運動が抑制され,グラフェンからの反射強度が減少することが観察された.この結果はグラフェンであっても反磁性効果を利用できる可能性を示唆している. カシミール力の計算にはリフシッツの理論が用いられることが多い.しかし,この理論が連続体近似を用いているために,分子動力学との相性が悪く,グラフェンの正確シミュレーションを困難にしている.そこで,原子間に作用するファンデルワールス力の和としてカシミール力を近似する手法の開発を進めている.ここで重要なのはファンデルワールス力が多体力であり,二原子間の力の和でマクロな物体間のファンデルワールス力は表せないという点である.そこで,最初の課題として,ロンドン理論の範囲において直鎖上の分子と単原子間のファンデルワールス力を厳密に計算し,その距離依存性について相関を用いて説明した.
|
今後の研究の推進方策 |
水中に分散したグラフェンのブラウン運動が磁場により変化するという予備実験結果を得た.この性質を用いれば固着して機能停止したグラフェンメカニカルスイッチを再起動できる可能性がある.しかし,実験に使用したグラフェンは単層ではなく多層であった.また,サイズの分散も大きいため,重要な物理量である帯磁率を決定することができなかった.そこで,まず,反磁性のサイズ依存性を調べる.暗視野顕微鏡を用いて磁場中のグラフェンを観察すると,反射強度の時間揺らぎからグラフェンの印加磁場軸に対するの傾斜角を記録できる.その後,グラフェンの分散液を乾燥し電子顕微鏡によりグラフェンのサイズを計測して,単位質量あたりの磁気エネルギーを調べる.より正確に測定するためには,単一のグラフェンの磁気特性特性を調べることが必要である.そのために懸垂液滴を用いる.分散液を希釈してグラフェンを一片だけ含んだ液滴を作り下に凸の液滴を形成する.グラフェンは懸垂液滴最下部に沈降し長時間安定したブラウン運動が観察できる.その後,液滴をシリコンウエハに接触させグラフェンをラマン分析と電子顕微鏡で観察する.最後に,懸垂液滴を永久磁石の表面に接近させ,ブラウン運動による反射光の揺らぎと磁場の関係を調べ,理論との比較により磁化率を決定する. グラフェンに作用するカシミール力を考慮した分子動力学計算を行うため,原子の双極子モーメントを離散双極子近似法により自己無頓着法により決定する.これにより,真空電磁場のゼロ点振動と双極子が振動することで生じる電磁場の影響を同時に取り入れることができ,より正確な計算が可能になる.以上により,当初,目的としていたグラフェンの固着防止とそのシミュレーションによる最適化が達成できると考えている.
|
次年度使用額が生じた理由 |
実績報告書に述べたように,グラフェンナノスイッチの反磁性を固着防止に用いるとことが有望であることを見出した.本年度はその予備実験としてグラフェンのブラウン運動を観察したが,その主要な装置が既に存在したため,当該年度の支出が予定より少なった.今年度はより正確な測定を行うため,差額を新規実験装置の作製と解析に用いる.
|