研究課題/領域番号 |
17K05123
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
小林 慶規 早稲田大学, 理工学術院総合研究所(理工学研究所), 客員上級研究員(研究院客員教授) (90357012)
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研究分担者 |
山脇 正人 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 計量標準総合センター, 主任研究員 (30526471)
岡 壽崇 東北大学, 高度教養教育・学生支援機構, 助教 (70339745)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 高分子構造・物性 / 陽電子 / 非破壊欠陥分析 |
研究実績の概要 |
従来法による陽電子寿命測定では、十分な厚さの試料片2枚で22Na陽電子線源をはさみこむ必要があった。我々は、試料1枚で陽電子寿命測定が可能なアンチコインシデンス法を開発した。放射線規制対象外の密封22Na線源を使用したアンチコインシデンス法を用いた市販装置が開発されており、陽電子寿命測定のより広範な利用が期待できる。 我々は、延伸ポリエチレンなどを用いて、従来法とアンチコインシデンス法で同等なデータが得られることを確認した。高分子材料を延伸すると、陽電子寿命スペクトルのオルトポジトロニウム(o-Ps)による長寿命成分の寿命が変化する。これは、高分子の非晶質構造中の自由体積が変形することを示している。延伸によって、結晶領域が影響を受ける場合もあり、この場合は、o-Ps長寿命成分の相対強度が変化する。高分子を延伸すると試料が薄くなり、線源から放出された陽電子の一部が試料を突き抜けてしまい、正しい陽電子寿命測定が行えなくなる可能性があることから、厚さの異なる試料を用いてデータを取得し、試料厚さの変化を補正する手法について検討を行った。 市販のアンチコインシデンス装置では、ガンマ線検出器、試料、線源が固定されており、そのため、陽電子寿命スペクトルの時間原点がほとんど変化しないという特徴がある。複数寿命成分を含む陽電子寿命スペクトルを1成分解析した場合、スペクトルデータと解析結果にずれがあるため、時間原点が見かけ上シフトする。シミュレーションおよび実験により、この時間シフトが金属材料の欠陥分析に有用であることを示した。また、2つのガンマ線検出器を用いてデュアルスタートストップ検出することにより、時間原点の変化を大きく低減できることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
我々は、延伸ポリエチレンなどを用いて、従来法とアンチコインシデンス法で同等なデータが得られることを確認した。高分子材料を延伸すると、陽電子寿命スペクトルのオルトポジトロニウム(o-Ps)による長寿命成分の寿命が変化する。これは、高分子の非晶質構造中の自由体積が変形することを示している。延伸によって、結晶領域が影響を受ける場合もあり、この場合は、o-Ps長寿命成分の相対強度が変化する。 本年度は、陽電子寿命に加えて、陽電子消滅ドップラー広がり測定法を高分子試料に適用し、パラポジトロニウム(p-Ps)に関する情報を取得した。その結果、p-Psの挙動は高分子を構成する元素の違いによる影響を受けるが、o-Psに関しては構成元素による影響はなく、o-Psの寿命は高分子の自由体積を反映することが確かめられた。 市販のアンチコインシデンス装置では、陽電子寿命スペクトルの時間原点がほとんど変化しないという特徴があることから、この時間原点のシフトを用いた欠陥分析の可能性を検討した。複数寿命成分を含む陽電子寿命スペクトルを1成分解析した場合、スペクトルデータと解析結果にずれがあるため、時間原点が見かけ上シフトする。シミュレーションおよび実験により、この時間シフトが金属材料の欠陥分析に有用であることを示した。また、2つのガンマ線検出器のそれぞれをスタート信号、ストップ信号の検出に用いるデュアルスタートストップ検出により検出器のドリフトなどによって生じる時間原点の変化を大きく低減できることを明らかにした。 陽電子寿命スペクトルの時間原点を用いた欠陥分析は、本研究課題開始当初想定していなかった研究項目であるが、アンチコインシデンス法の新たな応用につながる可能性があることから、本年度に多くの研究を行った。このため、当初計画から若干遅れることとなった。
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今後の研究の推進方策 |
陽電子寿命スペクトルを1成分解析した時の時間原点のシフトにより、金属材料の短時間オンサイト非破壊欠陥検査を実現できる可能性が出てきた。そこで、1分程度の短時間での非破壊欠陥検査を目標に、フィージビリティスタディを実施する。短時間測定を想定した陽電子寿命スペクトルをシミュレーションにより作成し、1成分解析で得られる陽電子の平均寿命、時間原点のシフトを求め、欠陥濃度に比例する物理量であるトラッピングレートとの関係を調べる。欠陥を導入した試料を用いた実験を併せて行い、シミュレーション結果の検証を行う。 アンチコインシデンス可搬型陽電子寿命装置が企業において実用化された。本可搬型装置を延伸高分子などに適用することにより、陽電子寿命測定による高分子の変形のオペランド分析が可能であることを実証したいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度の研究で、市販のアンチコインシデンス装置では、陽電子寿命スペクトルの時間原点がほとんど変化しないという特徴があることから、時間原点のシフトを欠陥分析に適用できるのではないかと思い至り、シミュレーションおよび実験を行った。これにより、時間原点のシフトが実際に金属材料の欠陥分析に有効である(特に欠陥密度が高い場合に)ことを確認した。時間原点シフトは、金属材料の短時間非破壊分析に利用できる可能性があり、次年度にさら検討を行う必要が生じた。この研究課題は、当初の計画時には想定していなかったものであり、今年度に予定していた高分子材料に関する一部の研究が行えなかった。そのため、一部の高分子材料に関する研究を次年度に行う。
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