研究課題
本研究では、中性子非弾性散乱を用いた分子磁性体の磁気的性質解明を目指している。また、その中で、有機ラジカル磁性体の圧力効果まで研究を発展させるため、非弾性散乱実験における圧力下の測定手法の構築も目指している。平成29年度は、有機ラジカル磁性体ガルビノキシルに対し、常圧および圧力下での中性子非弾性散乱測定を試みた。ガルビノキシルは、擬1次元的な構造をもち、分子上にスピン1/2が分布する。常圧では85Kで構造相転移を起こし反磁性になるが、約0.7GPaの静水圧を印加すると構造相転移が抑制され、1次元強磁性鎖となる。この実験での最終目標は、圧力下において低温で発達する1次元鎖内の強磁性相関による磁気励起を観測することであったが、圧力下での磁気励起シグナルは観測されなかった。原因はいくつか考えられるが、重水素化しない試料を用いたことによる非干渉性散乱、スピンが分子上に広く分布していることによる磁気形状因子の急速な減衰、あるいは試料の量とスピンの空間密度による強度不足と考えている。一方で、磁気励起よりも非弾性散乱の強度が10~100倍以上強いフォノンのシグナルは明瞭に観測され、構造相転移にともなうフォノンスペクトルの変化をとらえることに成功した。さらに今年度は、今後より高い圧力(0.5~1.5GPa程度)を印加できるよう、現在使っているメゾアライト製クランプセルに代わるベリリウム銅製の圧力セルの整備と試験測定の準備に着手した。
3: やや遅れている
申請当初計画していた有機ラジカルによるスピンラダー物質の中性子非弾性散乱測定について、試料の選定と準備が間に合わず課題申請ができなかったため、実施できていない。現在、平成30年度秋以降のビームタイムを申請予定である。有機ラジカル磁性体ガルビノキシルの圧力下の非弾性散乱測定については、予定どおり実施したが、磁気励起シグナルが観測されなかった。そのため、この測定を完遂するには圧力セルの材質や圧力媒体の種類を再検討する必要があり、平成30年度のビームタイムを使って行うことになる。
平成30年度は、有機ラジカルによるスピンラダー物質について、中性子非弾性散乱実験による磁気励起の観測に挑戦する。有機磁性体は、スピンが分子上に広く分布しているため、磁気励起シグナルが非常に弱いかあるいは形状因子の減衰が非常に速い可能性がある。本測定では、対象物質の磁気的性質の解明を目指すとともに、分子磁性体への中性子非弾性散乱測定の適用の可能性を探る。中性子非弾性散乱測定を行っているJ-PARC物質・生命科学実験施設には、中性子のほかにミュオンビームラインも利用可能である。そこで、分子磁性体の磁性研究において必要があれば、中性子とミュオンを相補的に利用することも視野に入れる。高圧環境下での測定手法確立については、平成29年度に購入したベリリウム銅製圧力セルについてオンビーム試験を行い、圧力セルおよび圧力媒体によるバックグラウンドを評価する。その後、平成29年度に測定した有機ラジカル系・ガルビノキシルについて、圧力セルの材質を変えて再度、測定を行う。
次年度使用額が生じたのは、申請当時は今年度を予定していた、圧力実験用の小型ラジアルコリメーターの製作に着手していないためである。圧力セルの材質およびデザインを変更する必要が生じたため、平成29年度は新規にベリリウム銅製の圧力セルを製作した。平成30年度に、まずこの圧力セルの試験測定を行い、その結果を踏まえて、小型ラジアルコリメーターの製作を再検討したいと考えている。それ以外の平成30年度の計画は、中性子実験用の試料セル(常圧用)及び圧力セルの購入、実験用消耗品の購入、国内学会への参加3回(日本物理学会2回、日本中性子科学会年会)と国際会議(International Workshop on Sample Environment at Scattering Facilities)への参加1回分の旅費および参加費である。
すべて 2018 2017
すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 5件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 3件)
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