本研究は、産業微生物として重要な枯草菌を生物材料のモデルとして、クラスターイオンビームの照射効果の特徴を評価することを目的とする。昨年度までの結果から、単原子イオンとクラスターイオンの致死効果を比較するには、156 keV/μm以下のLET領域が好ましいと考えられたため、水素イオンを用いて、3種類の単原子イオン(340 keV H+ (LET 75.0 keV/μm)、500 keV H+(58.9)及び1 MeV H+(37.7))、ならびに1 MeV H+と原子あたりの入射エネルギーが等しいクラスターイオン(2 MeV H2+)を照射し、致死効果を比較した。いずれのイオン種においても生存率は入射原子数に対して指数関数的に低下した。単原子イオンの致死効果はLETに依存的で、LETが最も高い340 keV H+が最も致死効果が高かった。2 MeV H2+は、原子あたりの入射エネルギーは1 MeV H+と等しいが、致死効果がやや低く、致死効果に関して負のクラスター効果が表れていると考えられた。2 MeV H2+では、2つの水素イオンが時間的・空間的に近接して入射するために同じ遺伝子に重複して作用し、入射原子数あたりに影響を受ける遺伝子数が1 MeV H+に比べて少なくなると解釈できる。また、H2+を1粒子とすると、2 MeV H2+の粒子あたりのLETは340 keV H+のLETとほぼ等しいが、入射粒子数あたりの致死効果は340 keV H+の方が高いことから、飛跡のエネルギー密度が致死効果に大きく影響することが実験的に示された。1 MeV H+と2 MeV H2+を照射した各20系統の菌株の全ゲノム解析を実施し、突然変異の特徴を比較した。再試験で確認する必要があるが、欠失変異の頻度と配列の特徴に関して差異がある可能性が示唆された。
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