超弦理論は重力の量子化を整合的に取り扱うことができる理論体系であり、ブラックホール近傍や宇宙初期の状態を解析するうえで重要な役割を果たすと期待されている。 本研究課題の最終年度では、超弦理論の強結合領域を記述するM理論に着目し、その有効作用を用いて宇宙初期の加速膨張期を説明できるかどうかについて研究を行った。現在の超弦理論では、スカラー場によるインフレーション的加速膨張は量子重力理論に組み込めないという沼地予想が精力的に研究されている。そこで本研究課題では、その沼地予想に抵触しないように重力の高次補正項による加速膨張の可能性を追求し、宇宙初期のスカラー揺らぎやテンソル揺らぎを解析的に計算することで、現在の観測値との整合性を検証した。M理論の有効作用は摂動の1次補正項までしか求まっていないため、摂動的な計算の適用限界付近での解析ではあるが、従来のスカラー場による模型とは異なり沼地予想と抵触しない宇宙初期の加速膨張のシナリオを提唱できたと考える。 研究期間の初年度では、超弦理論によるブラックホールの内部状態の解析を行った。特に着目したのはD0ブレーンの多体系で、この系は十分遠方の観測者からは電荷をもつブラックホールとして記述される。一方でゲージ・重力対応を適用すると、この系は多体系の量子力学系として記述することも可能となる。本研究課題では多体量子力学系のうちブラックホールの対称性と同じ古典配位を構成し、その有効ポテンシャルを導出してブラックホールがつくる重力ポテンシャルと比較した。十分遠方な系では量子力学系のポテンシャルがブラックホールの重力ポテンシャルと一致することを確認した。 上記のブラックホールの研究や宇宙初期の研究を拡張するには、超弦理論やM理論の有効作用をより詳しく求める必要がある。研究期間全体を通して、そのような有効作用を導出するための研究も継続した。
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