宇宙における物質と反物質の数の差、つまり宇宙バリオン数は素粒子物理の標準模型の枠組みでは説明できず、現在の物理学における大問題の一つである。宇宙バリオン数を生成するためにはサハロフの三条件が要求され、その一つである十分な大きさのCP対称性の破れは、新理論構築の指針、および実験検出の目標となっている。本研究では、素粒子ニュートリノの物理に大きなCP対称性がある可能性を検討し、その理論体系を明らかにすることに挑んだ。 ニュートリノの質量および世代間混合のパターンには他のフェルミオンとは大きく異なる振る舞いをしており、背後に標準模型にない機構が存在することが指摘されている。ニュートリノの極微質量を説明するためには右巻きニュートリノを導入したシーソー機構が有望な可能性として議論されており、混合パターンの背景にはレプトン世代を支配するフレーバー対称性の存在が示唆されている。近年、後者のフレーバー対称性の起源として、高次元理論のコンパクト化に伴うモジュラー対称性に注目が集まっている。理論的な魅力と共に、ニュートリノ混合やCP対称性の破れに対して強い予言ができるため、活発に研究が進められている。 我々は、この理論的枠組みの中で、特に余剰次元の体積が大きい場合、強い予言能力を持つ模型を構築することに成功した。この模型では、右巻きニュートリノの他に、新たにゲージ一重項のスカラー場を導入し、その真空期待値によりヒッグス粒子の質量、右巻きニュートリノのマヨラナ質量を与えるだけでなく、ニュートリノ独特の混合パターンを再現できることを示した。さらに、ニュートリノセクターにおけるCP破れの位相が非常に限定的に予言されることを示した。さらに、今後のニュートリノ実験による混合角の精密測定、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊探索から、模型を直接検証できることを示した。
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