研究課題
近年、軽い原子核の励起状態に、複数のα粒子が弱く束縛した「多重αクラスター構造」の存在が議論されており、更に原子核にΛ(ラムダ)粒子を投入して得られる「エキゾチック原子核系」にまで、多重αクラスター構造の存在が議論されてきている。これらの多重αクラスター状態の特徴の一つとして、核半径の異常増大が指摘されていたが、それを実証することはこれまでほぼ不可能であった。本研究では、多重α状態を生成する反応断面積に着目し、その振る舞いから核半径の異常増大を実証しようとするものである。これまでは主に12Cの励起状態に形成される3αクラスター状態に注目した分析を行ってきた。具体的にはα+12C非弾性散乱により12Cの3α回転状態を終状態として励起する反応チャンネルに注目し、その微分断面積の振る舞いから3α回転状態の核半径増大を明確に指摘することに成功した。本研究で主に進めたのは12Cの3α状態の分析についてであるが、その分析手法自体は一般の核反応系へ適用が可能である。その分析手法とは、多重α状態を生成する反応チャンネルと共にそれと対になる殻模型的状態を生成する反応チャンネルにも注目し、それらを比較することである。この比較の視点は先行研究には全く存在していなかった。実際、この分析手法を13C + K- --> 13ΛC +π-反応に適用し、13ΛC = 12C+Λ、3α+Λの反応断面積を比較することにより、後者の半径増大が実証可能なことを指摘した。2019年度は海外の実験グループとの共同研究を推進するため、国際会議での報告と討論を行った。具体的には「NSD2019」(5月イタリア)、「ECT*workshop」(9月イタリア)、「APPC2019」(11月マレーシア)、等の会議で成果について報告し討論を行った。また13ΛC生成反応の論文をPhysical Review Cへ投稿している。
2: おおむね順調に進展している
12Cの非弾性散乱において得られた結果を拡張し、13ΛCの生成反応の分析結果を論文にまとめ、投稿に至ったという点については、研究が大きく進展している状況である。この成果は、本研究で確立された反応断面積の分析手法が広い適用性を持つことを意味している。現在のところ、13C + K- -->(3α+Λ) + π-反応の反応断面積はまだ未測定であり、その測定が以前より実験グループによって考察されてきていた。我々は実験測定を見越した理論計算を行い、3α+Λ生成における反応断面積のオーダーとその角度分布の特徴を予想することに成功した。その結果、3α+Λのチャンネルは、12C+Λのチャンネルに比べ、放出されるπ-中間子の角度分布に顕著な収縮が起こることが分かり、それを用いると3α+Λ系の核半径を予想できることが明らかになった。これは12Cの非弾性散乱の分析から得られた結果と完全に整合している。本研究によって3α+Λ系の反応断面積について新たな知見が得られたため、これまで進んでいなかった実験計画が大きく進展する可能性がある。その意味でも、本研究の成果は非常に意義が大きいといえるであろう。一方、当初の研究計画に含まれていた16Oの4α状態を励起する非弾性散乱、α + 16O --> α + 4αについては、まだ計算の準備段階にある。これは、16Oの内部波動関数の準備にある程度時間を要しているということ、また実験データの分析と発表が現時点でまだ進んでいなことが大きな理由である。仮に現段階で理論計算に着手したとしても、4αの半径増大現象に関して最終的な結論を得るには至らないと予想している。16O系については実験データの分析と発表の進捗状況を踏まえつつ、適切な時期に開始することが重要であると考えている。13ΛCと16Oの研究の現状を総合すると、当初の研究計画は概ね順調に進んでいると思われる。
今後の研究推進方策として最も優先度が高いものは、投稿に至った13ΛCの論文を掲載決定に繋げることである。現在、審査結果が返送されており、審査員からの批判的なコメントが挙げられている。審査員からのコメントは「13ΛCを生成する反応、13C + K- -->(3α+Λ) + π-の場合、3α+Λを生成する反応断面積は3αの核半径を直接反映しているものではなく、Λ粒子の波動関数関数の広がりを反映している。そのため、反応断面積の振る舞いを持って直ちに3αの半径増大を結論することはできない」というものであった。反応断面積を特徴づける直接的な要因は終チャンネルへの遷移を引き起こす「遷移密度」である。13ΛC=3α+Λの生成反応の場合、その断面積を決めているのは12C-->3αの遷移密度では無く、中性子-->Λの遷移密度である。これは直接12C-->3αの遷移密度が反映される非弾性散乱とは異なる点であり、そのため審査員の批判も至極最もであると思われる。しかしながら、Λ生成に対する遷移密度の広がりは、3αの密度の広がりを反映している可能性が高いため、今後はこの点を明らかにして分析を改良することが最も重要である。一方、研究の方策としてもう一つ重要なものは、多重α状態の核半径分析に関する国際的なコンセンサスを得るということである。申請者はこれまで複数回の国際会議で報告を行ってきたが、申請者の分析方法や結果の解釈については一定の支持が得られていると自負している。しかしながら、先行研究を進めていた海外のグループとの見解の一致を得ることは依然として達成できておらず、今後は国際的なコンセンサスを固めることが重要になると申請者は考えている。そのためには、核構造計算で得られる「核半径」と反応計算で得られる「微分断面積」といった二種類の観測量の間の関係を明確に示す必要があり、その論文を現在執筆中である。
当初の予定では、関東学院大学に所属する共同研究者との研究打ち合わせを2019年度末に予定しており、そのための国内旅費として6万円程度を確保していた。しかしながら、理論計算遂行に遅延が生じたため、やむを得ず研究打ち合わせを次年度に延期することになった。この研究打ち合わせは、現在投稿中の論文の仕上げ、並びに現在執筆している論文の完成に向けての討論と資料収集等を含むものである。現在、2020年度の適当な時期に研究打ち合わせを行う方向で調整を進めている。
すべて 2020 2019
すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 3件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (9件) (うち国際学会 6件、 招待講演 1件)
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