研究課題/領域番号 |
17K05466
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
鈴木 一仁 名古屋大学, 理学研究科, 特任講師 (30547534)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ミューオニウム / エアロゲル |
研究実績の概要 |
本年度は、現在J-PARC E34実験の開発研究で用いられている疎水性シリカエアロゲル標的試料を参照し、有機-無機ハイブリッド構造により機械的強度を高めたエアロゲル(PMSQエアロゲル)標的試料を作製した。ゲルの乾燥については、通常用いられる超臨界乾燥と、乾燥過程を大幅に簡素化できる常圧乾燥を用い、それぞれ低密度試料(密度52.5 mg/cm3)と高密度試料(密度100 mg/cm3)を作製している。通常のPMSQエアロゲルより低密度の試料開発を要したが、その知見や後述の研究成果が得られ、標的試料を作製できたことは意義深い。 作製した標的試料に対して、レーザー穴加工も行った。シリカエアロゲル標的試料に見られた形状変形(視認できる反り)は見られなかったが、表面破壊(顕微鏡による確認)については、加工穴周辺の亀裂がシリカエアロゲル標的試料より顕著に見られた。これらの違いは、PMSQエアロゲル特有の剛性や脆性を示唆する可能性がある。レーザー出力の調整や穴加工パラメータに対する系統的な形状と表面の分析など、今後更なる調査を要する。 ミューオン照射による標的試料の性能評価試験も行い、標的外真空に放出されたミューオニウムの収率を評価して、ミューオニウムの生成・放出を確認した。最も良いミューオニウム収率についてシリカエアロゲル標的試料と比較すると、レーザー穴加工を施していない試料では5割程度高く、施した試料では5割程度低くなっている。シリカエアロゲル標的試料ではレーザー穴加工により収率に10倍程度の向上が見られるが、PMSQエアロゲル標的試料では3倍程度の向上にとどまっている。これらの差異を理解すべく、標的試料の密度, 厚さ, レーザー穴加工パラメータに対する系統的な性能評価試験データの解析と、シミュレーションによるミューオニウム生成・放出機構のモデル化、それらの比較検討を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度の研究実施計画通り、PMSQエアロゲルを用いた標的試料を作製し、レーザー穴加工を施して、ミューオン照射による性能評価試験を行なった。試料作製では、通常のPMSQエアロゲルより低密度の試料開発が必要であったため、作製期間・費用ともに想定を上回ったが、意義深い知見と成果が得られている。 レーザー穴加工と性能評価試験は、それぞれカナダのBritish Columbia大学とTRIUMF研究所において専門家の協力を得ながら、シリカエアロゲル標的試料におけるレーザー穴加工の最適化を図るとともに行なった。時間的制約からレーザー穴加工は低密度試料と高密度試料の各1試料に対して行ない、標的試料の形状変形や表面破壊、ミューオニウム収率について有意義な知見を得ている。レーザー出力の調整や様々な穴加工パラメータに対する系統的な形状と表面の分析は、今後の課題である。 ミューオニウム収率に対する穴加工パラメータの最適化については、シリカエアロゲル標的試料における最適化の結果を基に検討できるよう、ミューオニウム生成・放出過程や異なる標的試料の差異のモデル化と、それらを反映したシミュレーションの構築を進めている。性能評価試験結果は、様々なパラメータによるレーザー穴加工を施したシリカエアロゲル標的試料を含めて解析しており、上述のモデル化やシミュレーションの構築と合わせて、想定を上回る労力と期間を要している。 ミューオン照射による性能評価試験は、加速器施設の共同利用による使用機会の制約を受け、また準備と結果解析を含めた長期間に渡る多大な労力を要する。陽電子線源を用いた標的試料からのポジトロニウム収率を評価するテストベンチの構築は、随時かつ簡便に代替性能を評価できると考えられ、今後早急に取り組むべき課題である。
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今後の研究の推進方策 |
シリカエアロゲル標的試料におけるレーザー穴加工の最適化を図った性能評価試験の結果から、ミューオニウム収率と加工穴の表面積とは単純な比例関係ではないことが示唆されており、他の要素を含めたミューオニウム生成・放出過程のモデル化を進めていく。PMSQエアロゲル標的試料とシリカエアロゲル標的試料で得られたミューオニウム収率の違いについても、試料密度やレーザー穴加工パラメータの差異を含めてモデル化を進める。それらの理解をシミュレーションに反映することにより、PMSQエアロゲル標的試料における最適な穴加工パラメータの方向性を検討し、実装可能な穴加工の調査と標的試料の性能評価試験を通じて最適化を図る。 レーザー穴加工では、高密度試料の加工面に炭化痕が視認されたものの、レーザー出力を弱めることによりその後の加工では視認されていない。これは、炭化水素基が疎水性シリカエアロゲルより多く含まれているためと考えられ、レーザー出力の調整を要する。標的試料の形状変形や表面破壊についても、最適な穴加工パラメータの方向性における実装可能性を探る中で、穴加工パラメータに対する系統的な分析と長期安定性に対する経過観察を行う。 ミューオン照射による性能評価試験は、共同利用加速器施設の使用や長期にわたる研究協力を要し、機会や資源等の制約が大きい。レーザー穴加工パラメータを含めた種々の条件を絞る上で、標的試料の性能を随時かつ簡便に比較できることが望まれる。ミューオニウムとポジトロニウムの類似性から、陽電子照射によるポジトロニウム収率を標的試料の代替性能として評価できると考える。これに基づき、陽電子線源を用いたテストベンチを構築し、標的試料性能の随時かつ簡便な比較を図る。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度の実支出額は所要額と概算で同等になっており、計画通りに予算を執行することができている。次年度使用額は翌年度所要額と合わせて、本年度と同様に旅費と試料作製費に使用するほか、テストベンチ構築のための物品購入費等に使用する予定である。
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