湾曲結晶チャネリングを利用したビーム偏向に関する研究は,1970年代にその現象が理論的に予言されて以来,超伝導電磁石を凌駕する大きなビーム偏向能力とビームスプリッターとしての応用可能性が注目され,高エネルギーのイオンビームに関して研究が進められてきた.一方,2014年頃から,ドイツのMAMI,アメリカのSLACでGeV級の電子ビームを用いた研究も行われるようになってきた.このような背景のもと,今後の方向性として,多重散乱や量子論的効果が顕著になる低エネルギー領域での検証が興味深いと考えられ,255 MeVの電子ビームを用いて研究を開始した. 実験はSAGA-LSのリニアックからの電子ビームを用いて行った.標的として,quasi-mosaic効果を利用して結晶の(111)面を曲率半径約29 mmで湾曲させた厚さ40ミクロンのSi単結晶を用いた.結晶から5.12 m下流に設置されたスクリーンモニタを用いて結晶透過後の電子ビームの角度分布を測定した. 実験の結果,電子ビームの角度分布は主に,チャネリングして偏向された成分と偏向されなかった成分の2成分にわけられた.偏向されたビームの割合は10%で,偏向角度は1.4 mradであった.これは,シミュレーションで予想された値とほぼ一致した.ただし,シミュレーションからも予想された通り,結晶における多重散乱の影響が大きく,チャネリングした成分と非チャネリング成分は大きく重なっており,デチャネリング成分を導出することができなかった.両者を分離させるには,より薄い結晶,より曲率半径の小さい湾曲結晶が必要となる. そこで,曲率半径固定タイプの結晶湾曲装置の開発を進め,曲率半径を3 mm(世界最小級)まで小さくすることに成功した.次に,曲率半径可変タイプの結晶湾曲装置の開発にも成功した.今後,これらの湾曲結晶を用いて研究を継続する予定である.
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