研究課題/領域番号 |
17K05484
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
明楽 浩史 北海道大学, 工学研究院, 教授 (20184129)
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研究分担者 |
鈴浦 秀勝 北海道大学, 工学研究院, 准教授 (10282683)
江上 喜幸 北海道大学, 工学研究院, 助教 (20397631)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | スピン流 / スピン偏極 / スピンフィルター / エーデルシュタイン効果 / スピンホール効果 |
研究実績の概要 |
(1) DNAやオリゴペプチドなどの螺旋状の有機分子において観測されているスピン選択性(chiral induced spin selectivity)の機構を解明することを目的として、モデル系として採用した螺旋状原子鎖における電流によって誘起されるスピン偏極および軌道角運動量偏極の計算を行った。その結果、電流によって時間反転対称性が破れたときに発生する軌道角運動量偏極は原子鎖の曲率が小さい領域において曲率に比例することを明らかにし、電流誘起軌道角運動量偏極が曲率の存在が原因で生じること、曲率によって制御可能であることを示した。一方電流誘起スピン偏極は、曲率とスピン軌道相互作用(原子内LS結合)強度の両方に比例することを明らかにした。この研究成果は有機分子のようにスピン軌道相互作用が小さい軽元素からなる物質でも曲率を大きくすることで十分大きいスピン偏極を生成することが可能であることを示唆している。 (2) ジグザグ原子鎖-A-B-A-B-の電流誘起スピン偏極を計算した。単位胞中の2原子A,Bが同じ元素である場合、空間反転対称性より電流誘起スピン偏極の単位胞内の総和は消失するが、各原子のまわりで局所的には空間反転対称性が破れているため局所スピン密度が電流印加により発生する。この局所的スピン偏極の大きさはA=B=Snの場合、空間反転対称性が破れているA=In, B=Sbの場合のスピン偏極と同程度であることを明らかにした。 (3) 原子リングがスピンフィルターとして働き、80%以上のスピン偏極率を達成できることを示した。またスピン偏極率100%を達成するための必要条件を導いた。 (4) 逆向きのスピン流が生じる二重量子井戸の外因性スピンホール流および逆向きの有効磁場が生じる二重量子井戸の局所的電流誘起スピン偏極について、Hanle効果との関連を明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
(1) 交付申請書に記載の平成30年度の研究実施計画[グラフェンの回転2層構造(twisted bilayer graphene)]に関しては有効ハミルトニアンの構築がほぼ完了したが、スピンや擬スピンの輸送特性の計算は次年度に実施することになった。このように平成30年度の研究実施計画は半分ほどの達成度である一方、平成29年度の研究実施計画[螺旋状原子鎖の電流誘起スピン偏極]の機構をさらに深く理解することができたため今後の研究を格段に推進できると期待している。なぜなら、螺旋状原子鎖の電流誘起スピン偏極において明らかになった「軌道角運動量偏極を通して原子鎖の曲率によってスピン偏極が発生する」という機構は、様々な系の電流誘起スピン偏極とそれに伴うスピン流を説明すると期待される重要な成果であると捉えているからである。平成32年度(令和2年度)の研究実施計画[グラフェンの螺旋構造][遷移金属ダイカルコゲナイドの螺旋構造]のスピン偏極やスピン流だけでなく、最近注目されている「螺旋状有機分子のスピン選択性」を解明する重要な手がかりになると考えている。このように平成30年度は当初予期していなかった成果が得られた。 (2) 当初の研究実施計画には入っていないが強く関連する課題である二重量子井戸のスピン物性に関して顕著な成果が得られ、国際会議において成果発表を行った。これらの成果は原子層積層構造のスピン物性への波及効果が顕著であるため、本研究課題の成果と捉えている。 以上の理由により、本研究課題は当初の計画以上に進展していると評価した。
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今後の研究の推進方策 |
交付申請書に記載の研究実施計画では、今後「原子層の回転2層構造」と「原子層の螺旋構造」におけるスピン偏極とスピン流の研究を実施する計画であるが、最近のこの研究分野の速い進展に鑑みて、次の2点に関しても研究を行うことを検討し今後の研究を推進する。 (1) 螺旋状原子鎖において明らかになった「軌道角運動量偏極を通して原子鎖の曲率によってスピン偏極が発生する」という機構を基にして、原子層2層構造だけでなく螺旋状有機分子の電流誘起スピン偏極とそれに伴うスピン流を解明する。螺旋状有機分子の中でもヘリセンは「原子層の螺旋構造」と基本的に同じ構造をもつので、平成32年度(令和2年度)の研究実施計画[原子層の螺旋構造]として実施する。 (2) バレーや層を記述する擬スピン自由度がもたらす現象の発見や解明が最近進展している。代表的な例はグラフェンにおけるバレーホール効果の観測とバレーフィルターの提案である。擬スピンもスピンと同様に情報処理に用いることが期待されているので、擬スピン偏極や擬スピン流に関する研究計画も検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度は博士後期課程の学生が3名になることで成果発表に用いる旅費を十分に確保しておく必要があることから、今年度使用額を計画的に抑制したため次年度使用額が生じた。 次年度使用額は、博士後期課程学生3名、修士課程学生3名および研究代表者が日本物理学会と国際会議において成果発表を行う際の旅費に用いる計画である。
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