2020年度は(1)散逸のある量子系における周期外場駆動非平衡定常状態の定式化と(2)スピンネマティック磁性体における高強度テラヘルツレーザーによるマグノンペア検出法の提案、の2つの成果を得ている。以下この2成果について簡潔に解説する。
(1)について:高周波数外場を量子系に印加して系の物性を操作する方法をフロッケ・エンジニアリング(FE)と呼び、ここ10年ほどの間FEの考え方が物性科学分野に浸透し、様々なレーザー駆動FEの方法が提案されてきた。理論的にFEはフロケ理論により基礎づけが成されており、この理論は孤立量子系に対するFEの枠組みを与える。しかし、実際の物質系にレーザーを照射すると、周りの環境の効果で散逸が生じる。この散逸の効果は通常無視できない。そこで我々は散逸の効果を取り込んだ密度行列に対する量子マスター方程式を出発点として、散逸系のフロッケ・エンジニアリングの理論を構築した。レーザーを印加後十分時間が経過すれば、レーザーと散逸の効果が釣り合い、非平衡定常状態(NESS)が実現すると推測されるが、我々はレーザー周波数が十分高いときのNESSを表す密度行列の一般公式を導出した。これは多くの現実的FEの系に適用することができる。
(2)について:スピンネマティック磁性体では、その磁場誘起強制強磁性相において、マグノンペアが低エネルギー状態に現れることが知られている。十分高強度のテラヘルツ光を照射し系が2光子を同時に吸収すれば、マグノンペアを励起することができると考えられる。そこで我々は、スピンネマテイック磁性体の強磁性相に対応する簡単な模型に対してレーザー駆動スピンダイナミクスを量子マスター方程式に基づいて計算し、マグノンペア共鳴の強度を定量的に評価した。その結果、1MV/cmの強度のレーザーで十分マグノンペアが観測できることを示した。
|