磁性体であるにも関わらず、電子スピンが絶対0度でも向きを揃えないスピン液体状態は、素粒子である電子があたかも分裂しているかのように振舞う分数化という現象が理論的に期待されるなど、新規量子物性の開拓上、重要なテーマである。特に近年、スピン液体状態を実現する有望な候補物質としてキタエフ磁性体が発見され、その物性の理解が本課題の目的の一つである。キタエフ量子スピン液体状態では、スピン自由度がマヨラナ粒子とZ2ゲージ場に分数化し、これらの励起が低エネルギー状態を支配する。この状態を実現すると期待される候補物質においては一般に非対角交換相互作用等の非キタエフ相互作用が存在する。本研究課題では、それらがキタエフ・スピン液体状態に与える影響について研究を進め、以下のことを明らかにした。 (1) キタエフ量子スピン液体を実現するキタエフ・モデルは磁場中ではマヨラナ励起にエネルギーギャップの開いたカイラルスピン液体状態となり、量子熱ホール効果を示し、トポロ不変量チャーン数+-1で特徴付けられるトポロジカル相になることが知られている。現実の候補物質に存在する非対角交換相互作用が、このマヨラナ励起のギャップを増大させ、トポロジカル相をより安定化することが明らかになった。 (2)理想的なキタエフスピン液体状態ではマヨラナ粒子はディラックコーン型のバンド構造を有し、化学ポテンシャルはディラックコーンの頂点に位置するため、フェルミ面は点状である。反強磁性磁気秩序と共存する場合には、マヨラナ粒子のフェルミ面が点状ではなく、波数空間で有限の広がりを持った2次元的フェルミ面となることを明らかにした。 (3)非対角交換相互作がマヨラナ励起のバンド構造を劇的に変えて、チャーン数が+-2の新たなトポロジカル・スピン液体相に転移可能であることを明らかにした。この相ではアーベル型エニオンが実現することが明らかになった。
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