研究課題/領域番号 |
17K05531
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
山内 徹 東京大学, 物性研究所, 技術専門職員 (10422445)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 圧力下物性 / 強相関物質 / 梯子系 / 超伝導 / Mott転移 / 電荷秩序転移 / 悪魔の階段 |
研究実績の概要 |
本研究課題の標題物質Mott絶縁体梯子型鉄化合物BaFe2S3と梯子構造が類似した,beta-バナジウムブロンズと呼ばれる物質群の高圧下物性及び結晶構造を供に精密測定し,驚くべき電子状態を発見した.この物質群では,梯子を構成するバナジウム上の伝導電子が温度を下げるとある温度で静止し秩序化する現象(電荷秩序)が,その特徴である.常圧では,この秩序化した電子集団が,伝導(梯子)方向の結晶軸単位ベクトルbを単位として,その周期が3倍(3b)の静止したsin波として記述出来ることが知られていた.ところが,1 GPa 程度の圧力下で周期がnb, n=5, 7, 9, 11, 13となる奇数周期秩序相のみが次々現れること(悪魔の階段)を発見したのである.そして,この奇数選択的悪魔の階段を導くメカニズムとして,弱く結合し2種類の電子系である結晶学的に2種類の梯子構造の間の,圧力による電荷再分配と,局在化電子の実空間での対称性と結晶構造の対称性の結合を仮定すれば,このかつて例のない現象を説明できることがわかったのである.この成果は,私自身が筆頭著者として論文を執筆し,その論文はPhysical Review BのEditors' Suggestionに選ばれている.擬一次元(梯子)伝導性酸化物であるこの物質群全体に渡ってその多様な電子物性を,この新規メカニズムを使って包括的に議論している為,論文自体は刷り上がりで実に 23 ページに達している. 標題物質と類縁度の高いBaFe2Se3について,15 GPa程度の圧力下まで超伝導相探索を行った,この物質はBaFe2S3とよく似た金属化の過程を踏むが超伝導には至らない,一方,DACを用いた測定では超伝導的な振る舞いが複数のグループによって観測されている.以上から,静水圧と異方的圧力でこの物質の応答がまるで異なっている可能性があり,大変興味深い.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
常圧下交流比熱信号検出用プローブとエレクトロニクスを作成し,β-Na0.33V2O5結晶を使って,最も検出感度が上がる様に測定系の最適化を行っている.また,高圧下での信号検出センサである,極微小熱電対をAu-AuFe0.07%, Au-クロメル,AuFe0.07%-クロメルの合計三種類作成し,これらの熱電対と試料結晶とを,電気的絶縁した上で,熱的に強く接触させるための接着方法も検討した.結晶表面に作成するヒータも同様である. 以上の工程が予想以上に時間が掛かったが,比較的信頼できる交流比熱データが得られる以下の方法が判明した.直径25 μm程度の極細線同士アーク溶接で作成された熱電対の溶接部は,その種類によらず通常直径100 μm程度の玉になる.この玉を厚さ20 μm程度以下の平板状に潰し,溶接部の接合強度を保てる様にできるだけ小さくする.この矮小平板化した溶接部を,試料結晶劈開面にできるだけ合わせて,epxy technology社製EPO-TEK T7110を使って接着すると,熱的信号強度的にも,高圧セルへの封入時要求される機械的強度的にも良い接着が可能となる.ヒータに関しては,まだ若干の改良の余地はある様に感じるが,できるだけ熱電対溶接部に近い位置で同社製EPO-TEK H20Sを使って,結晶表面に直接作成する. 4f-5f系金属管化合物などの高圧下交流比熱測定で実績のあった,Au-AuFe0.07%熱電対は他の2種類の熱電対と比べて,熱電能が小さいため,検出感度に難があった.また,Au-クロメル熱電対を使って,300 K程度までの広い温度範囲で比熱の温度依存性曲線を比較した場合,ppms等で緩和法測定した曲線と,その形状が明らかに違う様になる問題がある.室温から2 K程度の低温にかけて熱電能が凡そ一定であるAuFe0.07%-クロメル熱電対が,本研究には最適である.
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今後の研究の推進方策 |
今後は,最適化した交流比熱測定技術とマルチアンビル(キュービックアンビル)型15 GPa級高圧発生技術を組み合わせて,10 GPa程度の圧力下で電気磁気的に興味深い物性を示す物質を示す物質の熱測定を行う. target物質としては具体的に,(A) BaFe2S3,(B) β-Na0.33V2O5及び,(c) α-Sr2VO4等である.これらの興味深い圧力下物性とは,即ち圧力誘起超伝導(A, B),圧力誘起Mott転移(A),電荷秩序の量子融解(B),多極子秩序の融解(C)等々である.以上の圧力下物性は,主に電気伝導度測定と直流交流帯磁率測定などの電気磁気測定によって発見されてきた.一方,本研究では交流比熱測定を用いて,これらの圧力下物性の熱的側面を捕らえることを第一の目標にしている.期待される結果は,電気磁気的測定では圧力下で追いきれなかった相転移を詳らかにすること,さらには,この情報を用いてより詳細で正確な温度圧力(P-T)相図を構築することである. 特にBaFe2S3では,本課題の研究代表者が2015年末に,反強磁性磁気秩序や,軌道ネマティック秩序(だと思われる)転移などの常圧物性と,24 K高圧下超伝導相を繋ぐP-T相図を提唱した.しかしこれは,圧力一定下電気伝導度測定で得られた温度依存性(ρ-T)曲線上の,上記相転移に伴うと考えられる僅かな異常を,ρ-T曲線の温度微分(dρ/T)等を行い導出したに過ぎない.本課題の目標のひとつとして,高圧下熱測定によって,このやや不確かさのあるP-T相図の信頼性を上げ,これからの研究の土台を固めておきたいと考えている. targetの3つの物質は,将来的に多くの研究者に注目され続けると思われる.特に,高圧下物性の観点からは魅力的な物性物理の舞台であろう.その人々に,信頼するに足る地図,即ちP-T相図を遺すことは我々の責務であろう.
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次年度使用額が生じた理由 |
交流比熱信号検出システムの最適化に少々手間取ったため,予定よりやや遅れて高圧下実験を行うことになった.それに伴い,平成29年度に計上していた液体ヘリウムなどの寒剤費が,予定額を大幅に下回っている.マルチアンビルセル15 GPa級高圧発生装置と,予備測定用常圧プローブでは,室温からヘリウム温度に至る温度変化で消費する液体ヘリウムの量で凡そ30倍の違いがある.高圧装置はそれに加えて,コスト的にはそれほど大きくないが,常圧プローブでは必要のない予冷用の液体窒素を相当量必要とする. 平成30年度は,「今後の研究の推進方策」の欄で述べた様に,高圧装置と交流比熱信号検出システムを組み合わせるphaseに入るため,相当量の寒剤が必要になると予想される.1つの物質について1回の高圧下実験では終わらず,少なくとも其々数回づつの高圧下測定は必要と考えられる.今後の見通しとしては,平成29年度に使用を予定していた寒剤費の殆どを,平成30, 31年度に投入することになるかと思われる. さらに,予備測定から判明した問題として,温調が荒いと交流比熱信号にノイズが乗る問題がある.高圧装置の場合,昇温過程では問題ないが,冷却過程での温調がかなり難しい.この装置で冷却過程温調をより正確に行うためには,ヘリウムトランスファーチューブの改造が考えられるが,そのための経費が必要になる可能性がある
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