本研究は,バルク結晶でありながら圧力下でグラフェンと同様の線形分散を持つことが知られている有機導体alpha-(BEDT-TTF)2I3を対象として圧力下磁化率測定を行い,ディラック電子系特有の磁気物性,特にバンド間磁場効果による巨大軌道反磁性を実験的に明らかにすることを目的としている.本研究は,グラフェンでは正確な測定が困難な磁気物性を,有機導体のバルク結晶としての利点を活かして初めて実験的に解明しようとするものであり,圧力下有機導体の高感度磁化率測定技術を確立するという点においても大きな意義がある. 研究期間の前半では,ピックアップコイルや圧力セル等の材質を工夫することで様々な箇所からくる外因的シグナルを徹底的に排除し,有機単結晶1粒のみを使用した圧力下交流磁化率測定技術を確立することが出来た.後半ではこの手法を有機ディラック系単結晶に適用し,圧力下において明瞭で巨大な反磁性磁化率を初めて観測するに至った. alpha-(BEDT-TTF)2I3は加圧に伴って電荷秩序相-有限質量のディラック相-質量ゼロのディラック相へと変化するが,本研究ではディラック相のみではなくすべての相において反磁性が観測され,予想に反する結果が得られていた.当初,この結果はフェルミ準位がディラック点から僅かにシフトしていることにより説明出来ると考えていた.しかしながら,最近になって本物質は70℃以上で数10時間アニールすることにより,超伝導を示すbeta-(BEDT-TTF)2I3に構造が変化し得ることが分かった.アニール温度がそれ程高くないことから経年変化によって試料の一部で構造変化が引き起こされた可能性がある.現時点ではこの構造相転移の可能性を否定することが出来ないため,今まで観測されてきた反磁性の起源を断定するためには更なる研究が必要である.
|