研究課題/領域番号 |
17K05581
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研究機関 | 愛媛大学 |
研究代表者 |
渕崎 員弘 愛媛大学, 理工学研究科(理学系), 教授 (10243883)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 液ー液転移 / 第二臨界点 / ポリアモルフィズム / 局所構造 / ヨウ化錫 / ヨウ化ゲルマニウム / XAFS |
研究実績の概要 |
液-液転移の微視的過程を明らかにすることが本研究の目的である。前年度にi)ヨウ化錫の液-液転移、およびヨウ化ゲルマニウムの液-液クロスオーバに際して分子の低対称化(TdからC3v)が起こることをX線回折パターンの逆モンテカルロ解析から、また、ii)これらの液-液転移や液-液クロスオーバが分子間「結合」の浸透転移と予想できることを分子動力学法シミュレーションで示した。i)の知見から局所対称性低下により、系に短長の二つの特徴長さが導入され、このため低密度-高密度間の転移が誘起されるという微視的シナリオが描ける。また、この見方は既存の液-液転移理論には取り入れられていない。 このシナリオを確固たるものにすべく、平成31(令和元)年度は分子低対称化が系にinherentなものかについて考究した。ヨウ化錫、ヨウ化ゲルマニウムともに常圧結晶相CP-Iの融解曲線は圧力とともに「屈曲」する。報告者は屈曲点を二液相とCP-Iの三重点と考えている。CP-Iが属する空間群Pa3は分子低対称化と相反さない。CP-I内での分子低対称化が融解異常として発現する可能性がある。そこで、ヨウ化錫のCP-Iの融点近傍とCP-Iの安定圧力を越えた領域までの錫原子周りの局所環境をその場XAFS観察で調べたところ、予想に反して、調査した領域において分子の正四面体対称性Tdは崩れていなかった。また、分子自体の圧縮特性を定量化すべく、「分子弾性率」の概念を提案し、XAFS測定結果をもとにヨウ化錫分子に対して評価したところ、鉱物のMgOと同程度に非常に圧縮しにくいことを明らかにした。 従って、局所対称性低下は、融解後、比較的容易に接近できる分子間の多体効果により誘起される電子構造の不安定性に起因すると予想される。高密度非晶質の錫周りのヨウ素が6配位であるという報告があるが、この配置は分子変形なしで到達し得ない。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
液-液転移に際して分子の低対称化が起こるという昨年度の発見は、一連の研究を計画した当初、全く予期していなかったため、この真偽の検討に時間を要した。例えば、分子の電子構造をもとにした第一原理によるエネルギー計算から分子変形の是非を検討した。このため、論文発表が遅れた。初年度に予期せぬ実験上での障害で失った時間を挽回すべく、昨年度からは本研究エフォートを当初の配分より高めて研究を遂行した。 圧力による分子低対称化の物理的重要性は大きく、看過できる問題ではないと判断した。そこで、本研究の最大の目標であった、液-液転移前後でのヨウ化錫分子の環境変化の解析に先んじて、試験的に測定を行っておいた固相でのXAFS測定解析を行った。目的は「研究実績の概要」で述べた通りである。XAFS解析は初めての試みであったが、院生の協力もあり、汎用的な解析ができる環境を研究室で整えることができた。 ヨウ化錫液相XAFSの解析は年度内に終えることができたが、論文執筆に至っていない。高圧(高密度)液相が分子性を失うという当初の予想の確認はできているが、昨年度得た重要な知見である分子の低対称性化と如何に折り合いをつけるべきか、十分な検討が必要である。これは、以下で述べる「今後の研究の推進方策」を与えることとなった。
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今後の研究の推進方策 |
ヨウ化錫液体のXAFS実験からは転移前の分子性と転移後の原子性液体の様相しか捉えられなかった。この一つの原因は錫周りの環境を加圧しながら観測することができなかったことである。加圧中のその場観察により回折パターンを得ることはできたが、XAFS測定を行うためには試料容器素材、および試料厚み(容器内径)を変えなければならず、加圧しながら液体を安定に保持できなかった。 分子の低対称化の発現を見出した以上、この局所的な対称性の破れと熱力学的な相転移の関係を明らかにする必要性が新たに生じた。この関係はヨウ化錫の圧力誘起非晶質化過程を逆モンテカルロ法により再解析することで突き止められそうである。 ところで、今回のヨウ化錫液体のXAFS実験が明らかにしたのは転移前後の錫周りの局所構造の変化である。かねてから、液-液転移によりヨウ化錫は高分子化すると予想されているが、これは実証されていない。上述の非晶質構造の再解析は、この予想に対する傍証を与える。同時に、ヨウ化錫の液-液転移経路に沿って得た回折パターンを逆モンテカルロ法にて再解析する価値がある。 液-液転移を理論的に取り扱う上で、局所秩序と熱力学的秩序を同時に考慮する必要がある点については、今日、コンセンサスが得られている。後者の秩序変数は密度である。前者に関しては分子配向が一般的な認識である。分子の低対称化による局所秩序の変化を採り入れた新たな模型の構築が望まれる。その上で分子間の物理的な「結合」が液―液転移にて浸透するか否かを見極める必要がある。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究課題で得られた成果は国際会議発表や学術論文として発信してきた。 今年度において、このような研究成果を学会誌に発表するため、期間の延長申請を行った。
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