研究課題/領域番号 |
17K05583
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研究機関 | 首都大学東京 |
研究代表者 |
首藤 啓 首都大学東京, 理学研究科, 教授 (60206258)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 量子カオス / 古典カオス / ハミルトン系 / トンネル効果 / 混合位相空間 / 複素半古典論 / 動的局在 / ストークス現象 |
研究実績の概要 |
1)古典力学的な遷移の禁止された領域への量子力学的な遷移は通常指数関数的に小さなものになることが期待される.それに対して,非可積分量子写像のトーラスを初期状態とする1ステップの遷移確率を,Baker-Campbell-Hausdorff展開によって決まる可積分系の基底で表すと,その遷移確率がプランク定数減少に対し増大する様子が観察される.今年度は,プランク定数に対する遷移確率の増大現象が,Baker-Campbell-Hausdorff展開の量子補正に帰するものであることを明らかにした. 2)理想的なカオス系は,いわゆる記号力学系との対応を見出すことができるとその複雑な挙動を理解することができる.記号力学系との対応づけが可能になるための十分条件は,系が位相的馬蹄条件を満たし,かつ一様双曲性をもつことであるが,今年度,無限遠方が自由運動に漸近するある種の散乱写像が位相的馬蹄かつ一様双曲的となるパラメータ領域をもつことを厳密に証明することに成功した. 3)一様双曲性を示す強いカオス系の相関関数の指数減衰は密度関数の時間発展を記述する Perron-Frobenius 演算子によって特徴付けられる.ここでは,Ulam法と呼ばれるPerron-Frobenius 演算子の離散近似についてその安定性を調べ,離散化の方法にその結果が著しく依存することを示し,Perron-Frobenius 演算子の固有値・固有関数を計算することの困難さを明らかにした.また,Perron-Frobenius 演算子をガウス核で粗視化したFokker-Planck 演算子に対する固有値・固有関数を計算し,粗視化の大きさを小さくすることにより得られる固有関数(特に,第二固有値に属する固有関数)には,系の不安定多様体方向に沿った局在が現れることを見出した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
非可積分系の時間発展の遷移確率がプランク定数に対して増大することが,量子補正の効果からくることが明らかになった意義はたいへん大きい.この結果は,エネルギー領域の非可積分系のトンネル効果が,複素軌道を用いた半古典論でも捉えることのできない純量子効果になっていることを意味し,可積分系のトンネル効果との最大の相違点になっている可能性がある.さらなる検証を進める予定である.また,我々が昨年度提案した,無限遠方が自由運動に漸近する散乱写像が,カオスの理想型ともいえる一様双曲性を満たすことを厳密に証明することに成功したが,超越関数をその写像の式に含む力学系で,一様双曲性が証明されたのは我々の知りうる限りはじめてのことであり,その結果自体に意義があるものと考える.加えて,その散乱写像が,本研究課題の主テーマである動的トンネル効果の研究するにあたって物理的に自然かつカオスの理想極限(一様双曲的)をもつ極めて適切なモデルであることから,以降,この写像を用いて動的トンネルの研究を進めることになる.Perron-Frobenius 演算子の固有関数(正確には第二固有値に属する固有関数)の局在現象を発見したが,Perron-Frobenius 演算子の固有値・固有関数を厳密に求めることは一般には極めて困難であり,また,あまり広く認識された事実ではないが,実は数値的によってすらその計算は容易ではない.我々は,数値計算の不安定性をいかに克服するかについて試行錯誤を繰り返し,観察された局在現象がたしかに起こっている確証を得た.さらに,不安定多様体が疎な領域は系のescape rateの小さ領域に対応することから,第二固有値に対する固有関数が系の緩和のスピードの空間的な非一様性を体現するものであることが示唆された.来年度以降,さらなる解析を進める予定である.
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度で明らかになった,非可積分トンネル効果に対する量子補正の影響は今年度も引き続き研究を進める必要がある.平成28年度に,非可積分系のトンネル分裂のプランク定数依存性が非指数関数的になることを大規模な数値計算を実行することで見出したが,この事実は量子補正の影響がトンネル効果に現れることと表裏一体の関係であり,非可積分系のトンネル効果の最大の特徴付けになってくる可能性がある.また,それと関連して,位相空間のセパラトリックスを越えるトンネル遷移の問題を追求する必要がある.可積分系のトンネル過程は,トンネルダブレットをつくる対称井戸間でしか起きず,その遷移はインスタントンを呼ばれる虚時間に沿って走る古典軌道で記述することができる.一方,非可積分系では,ジュリア集合が出現することによって位相空間のすべての領域が複素軌道で繋がれる,という事実がトンネル効果を体現しているものと考えることができ,それがもっとも端的に現れるのがセパラトリックスを越えた領域へのトンネル遷移である.今年度は,レベルダイナミックスと呼ばれる,固有値,固有関数のパラメータに対する運動方程式を解析することにより,セパラトリックスを越えたトンネル効果が非可積分系のトンネル効果を支配するもっとも重要な過程であることを明らかにしたい.現在,Resonance-assisted tunneling と呼ばれる,位相空間に現れる非線形共鳴が介在したトンネル効果が,非可積分系のトンネル確率増大の基本機構であるという認識が研究者の間では広く共有されているが,我々の考えるトンネル機構が非可積分系のトンネル効果の本質であることが明らかになると,その共通認識は完全に覆ることになる.今年度はとくにこの問題に傾注するつもりである.
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由) 研究の進捗状況に応じて海外の共同研究者の招へいを予定していたが,双方の予定が合わず十分な研究打ち合わせの時間が取れないと判断したため,2019年度に持ち越すことにしたこと.また,数値計算を行うための計算サーバについては,現有のもので十分な程度であった.以上により次年度使用額が発生した. (使用計画) 共同研究者のDomenico Lippolis氏(江蘇大学)を5月に招へいして共同執筆論文についての打ち合わせを行う.また,Frederic Faure氏(グルノーブル大学)を招へいし,カオス系の半古典論についての情報提供を行っていただく.また,計算サーバを購入し,非可積分トンネル分裂に見られる非指数関数的減衰の大規模計算を継続する.
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