研究実績の概要 |
本研究課題が遅々として進展しない中,変分原理に登場するヘッセ行列と,それがもつ群論的性質を利用し,等質量3体8の字解ならびに周期解の分岐について,北里大の藤原氏・福田氏とともに研究した.系に現れるパラメーター(例えばポテンシャルのべきa)を変えたとき,ヘッセ行列がゼロ固有値を持つことが,解の分岐が生じる必要十分条件である.等質量3体8の字解は二面体群D_6による変換に対する不変性をもつ.したがって,3体の座標の関数であるヘッセ行列もD_6不変性を持つ.これにより,ヘッセ行列の固有値と固有関数はD_6の既約表現によって分類されることになる.等質量3体8の字解が起こす分岐は,D_6の既約表現である4つの1次元表現(I,II,III,IV)と2つの2次元表現(VとVI)のうちVによって分類されることがわかった.6つの既約表現のタイプIからVIは,3つの演算子の固有値の組み合わせで分ける.斉次ポテンシャル-1/r^aタイプでa>0の場合は,D_6の2次元表現V, VIで表される分岐が起きることが確認された.とくに,タイプVの分岐は,a=0.9966とNewtonの万有引力a=1に非常に近いところで起こり,分岐解はa=1でも存在することがわかった.その分岐解はSimoのH解として知られている. これら成果は,天体力学N体力学研究会(於 北里大学),日本応用数理学会(於 東京大学駒場キャンパス),国際会議"Celestial Mechanics and Beyond"(Puebla)で発表した.さらに現在学術雑誌に投稿中である. また,等質量3体8の字解から分岐するSimoのH解(重心原点,角運動量ゼロ,各質点が8の字型の閉軌道を描く解)についても,天体力学N体力学研究会(於 北里大)でポスター発表した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
2019年度初頭に掲げた研究の推進方策に沿って,ある固定した引力ポテンシャル下の等質量3体8の字解析解を求めるべく,座標比関数(ヤコビの楕円関数)に実パラメータμを乗じ,μを連続的に動かして,いくつかの数値8の字軌道と一致するようなものを探索した.ある範囲のμでは,見た目が8の字軌道に近いものは得られることはわかった.しかし単一べきの引力ポテンシャルによる運動方程式を満たすものではなかった.二種類以上の引力ポテンシャルで得られる8の字軌道に迫った可能性はあるが,「ある範囲」という曖昧さが壁になり,はっきりしたことはわかっていない. 計画していたような進捗状況ではなかったので,万が一のときのテーマとして用意していた等質量3体の三接線交点の軌跡が8の字軌道といかなる関係にあるか,について検討した.全角運動量がゼロで重心が保存する例は,8の字軌道がベルヌーイのレムニスケートの場合である.ベルヌーイのレムニスケート上の等質量3体運動の場合,等質量3体の外接円は三接線交点と三法線交点を直径とする円である.この外接円は等質量3体が互いに平行でない限り,ベルヌーイのレムニスケートと交点をもつ.その交点と三法線交点と重心の3点が同一直線上にあると,ベルヌーイのレムニスケート上の等質量3体の三接線交点の軌跡が直角双曲線になる,また,その逆も成り立つというところまでは突き止めた.しかし(i)等質量3体の軌道がベルヌーイのレムニスケートであること(ii)重心が原点に留まること(iii)全角運動量がゼロであること,の3条件だけで三接線交点の軌跡は決まっている筈で,3点が同一直線上にあるという4番目の条件を付加するのは,きわめて不自然である.したがって,等質量3体の三接線交点の軌跡を8の字軌道に結びつけるところには達しておらず,本質がどこにあるのかを見極める必要がある.
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今後の研究の推進方策 |
ベルヌーイのレムニスケート上の等質量3体8の字運動において,等質量3体の三接線は1点で交わり,その軌跡は直角双曲線であることは代数幾何学に基づき背理法で厳密に証明されている.したがって,確かに上記の3点は同一直線上にある.今年度は,「3点が同一直線上にあれば」という条件を取り除き,ベルヌーイのレムニスケート上の等質量3体運動において,等質量3体の三接線交点の軌跡が直角双曲線になる,ということの簡潔な証明法を目指したい.これができれば,様々なポテンシャル下の等質量3体8の字解と三接線交点の軌跡の関係が見えてくる可能性がある. 本課題における等質量3体8の字解析解の鍵は,座標比関数が握っている.等質量3体の運動方程式は,座標比関数の連立2階常微分方程式に落とせて,そこに現れる自由なパラメーターは,ポテンシャルのべきαと8の字運動の周期Tだけである.座標比関数を,ヤコビの楕円関数に結びつければ,8の字運動の周期Tはヤコビの楕円関数の母数kで決まるから,(α,k)をパラメータにして解を探してもよい.パラメーター空間-(α,k)平面-には各時刻で運動方程式を満たす等高線が描かれるであろう.このとき,3つ以上の時刻において等高線が1点で交わるかどうかを調べることは,運動方程式の解の探索と同等のはずである.解析解から数値解へと逆戻りすることになってしまうが,本研究課題に特筆すべき成果が得られていない現状では,一歩後退して問題を見直すアプローチもやむを得ないと考える.
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