研究課題/領域番号 |
17K05592
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
木野 康志 東北大学, 理学研究科, 准教授 (00272005)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 反水素 / 小数多体系 / 反陽子 / 陽電子 / エキゾチック原子 / 共鳴状態 / 原子衝突 |
研究実績の概要 |
陽電子と反陽子の結合した反水素原子を用いて、標準理論(CPT 対称性)の検証を行うため、反水素原子の精密分光実験が進められ、弱い等価原理を検証する自由落下実験の準備も進められている。これらの実験系において、水素原子などは、真空容器中に不純物として存在する可能性があり、反水素原子と原子の衝突が起こりうる。反水素原子と水素原子の衝突は、最も基礎的な反物質と物質の衝突過程である。この衝突では、反陽子と陽子が結合したプロトニウムと陽電子と電子が結合したポジトロニウムを生成する組替え反応が起こる点が従来の原子衝突と大きく異なる。この反応は発熱反応で低温環境でも進行する上、プロトニウムは中性のため、陽電子や電子を束縛できない。このため、反陽子・陽子間の運動と陽電子や電子の運動を分離する断熱近似は破綻する。しかし、従来の計算では断熱近似が用いられ、有効性が問題となっていた。 本研究では、四粒子を平等に扱う非断熱計算法の開発とこれを用いた精密な数値計算を行なった。組替え反応で生成するプロトニウムは高振動励起状態にあり、この動径波動関数を効率よく再現するため、複素ガウス基底を導入し高い計算精密を達成した。特に、反水素・水素分子共鳴状態のエネルギー・寿命を初めて高精度で計算し、衝突に与える影響を明らかにした。この分子状態のエネルギーが従来の量子化学計算と異なり、その原因が従来の計算で無視されてしまう軽粒子の運動エネルギーによるものであることを示した。また、反陽子と陽子の核力・対消滅効果により、分子の構造に依存した寿命変化が起こるという新奇な性質を初めて予言した。 また、本研究で開発した非断熱計算法は、系を構成する粒子の種類に依存しない。この特徴を生かし、原子核と電子の質量の中間にある負電荷ミュオンを含むミュオン原子系や、陽電子原子系に適用し、この計算法の有効性を確かめた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
反水素原子と水素原子の作る分子共鳴状態のエネルギー準位や寿命の精密計算では、大規模な変分計算を行い、複素空間でのビリアル定理を導入することことにより、計算結果の信頼性を向上させた。得られた結果は、低エネルギー反水素原子を用いる基礎物理学実験を遂行する上で、残留ガスとの衝突での反水素原子の損失評価や反水素原子の温度測定などに利用できることが分かった。また、分子共鳴状態の波動関数の分析から通常の原子・分子では見られない新奇な分子構造が見つかった。この研究成果に対して、指導学生に対して原子衝突学会国際会議発表奨励賞が授与され、エキゾチック原子国際会議(EXA2017)で発表を行った。また、これに関する論文も受理された。 四粒子系の非断熱衝突問題のための計算法を開発し、数値計算も行った。これまでよりも更に低速な反水素原子を生成し反水素原子が受ける重力測定を行うために必要な反水素原子とポジトロニウムの衝突に適用した。計算結果はまだ初期的なものであったが、その重要性から低速反陽子の国際会議(LEAP2018)の口頭発表に急遽推薦された。 本研究の計算法を陽電子原子の共鳴状態の解析に応用したところ、陽電子原子の共鳴状態のエネルギー構造や寿命について新たな知見が得られた。この成果について、陽電子科学の国際会議(JWPS2017)で招待講演に、陽電子物理学の国際会議(POSMOL2017)でHot topic 講演に、計算化学の国際会議(ICCMSE2018)で招待講演にそれぞれ選出された。
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今後の研究の推進方策 |
今後も引続き、反水素を用いた基礎物理学の実験研究で望まれている反水素原子の低速衝突に関する精密計算を行い、粒子・反粒子系で生じる新奇な原子・分子の反応や構造を解明する。 反水素原子と水素原子の衝突中に生じる共鳴分子状態の計算について、組替え解離のチャネルが十分に取り込まれているかのチェックを行う。解離チャネル中のプロトニウムは主量子数が38までの高励起状態にあり、解離の分岐比の振動・回転状態依存性を明らかにする。反陽子と陽子間は引力が働くため、高励起状態でありながら核間の核力や対消滅の効果が無視できない。言い換えれば、この系は原子・分子と原子核相互作用が結合する特異な系であり、不定性の多い核子・反核子相互作用を明らかにするため、分子共鳴状態に対する相互作用中のパラメータ依存性を調べる。これまで、全角運動量がゼロのS波のみの計算であったが、低速衝突に関与する全ての全角運動量状態について分析を行なう。特に,S波以外の状態ではオービティング共鳴などの形状共鳴が発生し、粒子・反粒子消滅に対して超寿命を持つ状態も予想される。反水素原子と分子共鳴状態を形成する原子を、水素原子同位体、ヘリウム原子、アルカリ金属原子などに置き換え、反水素原子を含む原子・分子系の反応性や構造、非断熱性を系統的に調べ、新奇な原子・分子反応を開拓する。 反物質が受ける重力相互作用を測定するため、超低速反水素原子を作ることが計画されており、そのためには、ポジトロニウムの励起状態と反水素原子の衝突から、陽電子と反陽子からなる反水素正イオンの生成断面積の計算が求められている。現在開発を進めている計算法を基に、多くの終状態への分岐反応を扱うことができる計算法の開発を進める。 反水素原子衝突と同様に、非断熱性が重要な原子分子反応に応用し、計算法の確立と高精度化を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
大型計算機の機種更新があり、後期は新機種の試用期間として計算機使用料が無料となったため、予定していた大型計算機使用料発生しなかった。新機種を最大限利用すると数値計算が大きく進むことが判明したため、次年度以降の使用料を増加できるように次年度使用額を生じさせた。
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備考 |
反粒子を用いた新しい化学反応や結合機構の探索
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