研究課題
陽子の反粒子である反陽子と電子の反粒子である陽電子が結合した反水素を用いた、精密分光実験が進められ、標準理論(CPT 対称性)の検証が精力的におこなわれている。この精密分光実験を実行するためには、極低温領域での反水素と物質との衝突現象の解明が必要である。この中でも、最も量子効果が大きくなる水素原子と反水素原子の衝突にについての研究を行った。この衝突では、原子核間にクーロン引力が働き、原子核同士が接近することができ、核同士で電荷を打ち消しあい、電子や陽電子を束縛できなくなる。このため、従来の原子衝突で用いられる断熱近似を用いることが出来ない。本研究では、水素と反水素の系を構成する陽子、反陽子、電子、陽電子の4粒子を同時に計算出来る計算法を開発した。この水素と反水素原子の衝突で特徴的なことは、プロトニウムと呼ばれる陽子と反陽子の束縛系と、ポジトロニウムと呼ばれる陽電子と電子の束縛系への粒子の組み替え反応が起こることである。プロトニウムはピコ秒以下で対消滅してしまうため、S波散乱がメインとなる極低温の環境では、この組み替え反応が反水素の精密分光等の測定に大きな影響を与える。本研究では、水素と反水素のエネルギーしきい値のわずかに下の位置に分子型の共鳴状態を理論的に見つけた。この共鳴状態内では粒子の組み替えがおこり、プロトニウムとポジトロニウムに解離し、それぞれが対消滅する。この状態は従来の断熱近似では全く予想されていなく、共鳴のエネルギー幅が広いため、低エネルギーの水素と反水素の散乱に大きな影響を与えることも判明した。本研究で開発した4体系の計算方法を反水素とポジトロニウムの系に適用した。この系は、地球との重力相互作用を研究するため、さらに低温の反水素を生成する過程で欠かせない反応である。そこで、低速での散乱断面積や、反水素とポジトロニウムのつくる束縛状態についての計算を行った。
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