研究実績の概要 |
超低エネルギーの電子-分子衝突では、電子のde Broglie波長が極めて長くなるだけでなく衝突時間も分子の振動周期程度まで長くなる。このため入射電子と核の運動が強く相互作用し、特異的な散乱現象が期待される。これまでに、分子の振動励起エネルギー近傍で入射電子と分子振動が強く相互作用することで共鳴散乱を引き起こす振動Feshbach共鳴が見つかっている。本研究では、H2および同位体のHD, D2を用いて精査することで、超低エネルギー電子-分子衝突における特異な散乱過程を探るものである。 本研究では、本グループが開発した放射光を利用して超低エネルギー電子ビームを生成する「しきい光電子源」を用いて、世界で初めて、10 meVを下回る衝突エネルギーにおけるH2の電子衝突断面積の測定に成功した。さらに、同位体であるHD, D2の超低エネルギー電子衝突断面積の測定にも成功した。この結果、100meVを下回る衝突エネルギーにおいて、電子衝突断面積に予想外の同位体効果があることを見出した。超低エネルギー領域における同位体効果は本研究が初めて見出したものであり、全断面積の大小関係は σHD > σH2 ~ σD2 となる。この効果は弾性散乱断面積への同位体効果によるものだと考えられるが、これまで、その妥当性に問題の無かった断熱近似の下では弾性散乱断面積に同位体効果は表れないはずであり、断熱近似の破綻が示唆される。本研究では、非共鳴の弾性散乱において断熱近似が破綻しうることを初めて実験的に明らかにすることが出来た。このことは、超低エネルギー電子-分子衝突における特異な散乱過程に、極めて重要な知見を与えるものである。
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