研究課題
近年、イオン液体とよばれる多機能液体が液体科学分野で注目を集めている。イオン液体はデザイナー溶媒とも呼ばれ、イオン種の選択に応じ特性を変えることができることも特長である。本研究の対象物質である「磁性イオン液体」は、アニオンにFe原子を含んでおり、磁気特性を示す。過去に行われた磁化測定から、結晶では反強磁性磁気秩序が、ガラスではスピングラス状態が発現することが分かっている。この構造ガラス上で発現する新しいスピングラス状態の本質を明らかにすることが本研究の目的である。H30年度は、重水素化したC4mimFeCl4試料の中性子散乱実験を行った。測定には、J-PARC物質・生命科学研究施設(茨城県東海村)に設置された中性子非弾性散乱用分光器AMATERASを用い、ガラス状態と結晶状態の2つの状態について調べた。結晶状態では、反強磁性転移温度(~2.3 K)以下で磁気ブラッグピークを観測した。また、秩序に伴うスピン波励起も確認された。一方、ガラス状態では、全く異なる振る舞いが観測された。スピングラス転移温度(~0.3 K)付近で、磁気散漫散乱および局在的な磁気励起が観測された。局在磁気励起はボーズ因子でスケールされ、構造ガラスで見られるボゾンピークと類似している。このような磁気ボゾンピークともいえる磁気励起を観測した例は報告されておらず、興味深い結果である。また、1K以上に昇温すると、徐々に磁気散漫散乱は弱くなり、磁気緩和が現れはじめる。これは、スピンが中性子散乱のタイムスケール(< 100 ps)で揺らいでいることを示唆している。今後解析を進めることにより、緩和の非指数性や温度変化の詳細を明らかにし、磁性イオン液体の磁気緩和挙動の理解を目指す。
2: おおむね順調に進展している
H29年度は軽水素化物を、H30年度は重水素化物の測定を行った。軽水素化物では、H原子特有の強い非干渉性散乱やメチル基のトンネル励起により、磁気散乱の観測が困難であったが、重水素化物を測定することにより明瞭な磁気散乱を検知することに成功した。とくに、磁気ボゾンピークともいえる局在的な励起を観測したことは大きな成果である。しかしながら、当初の計画にあったアルキル鎖やアニオン種を変えた物質の研究にはまだ着手できていない。以上の理由から、研究目的の進捗状況を「おおむね順調に進展している」とした。
H31年度は、磁気ボゾンピークの詳細を明らかにするため、高分解能中性子非弾性散乱測定を行う。H30年度に取得したデータでは、エネルギー分解能の問題から0.1 meV以下のスペクトルを取り出すことはできない。磁気励起のスペクトルは0.15meV付近をピークとしており、詳細な形状を明らかにするためには、高分解能測定が必須である。測定はJ-PARCに設置されたDNAを用いる予定である。必要に応じ、海外の中性子施設の装置を用い、研究を遂行する。
実験の実施に必要な試料セルや機器(0℃基準温度装置)の購入を優先したため、計画していたスクロールポンプの購入を見送ることにした。H31年度の経費と合わせ、スクロールポンプの購入に充てる予定である。
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 2件、 査読あり 2件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 1件、 招待講演 2件) 備考 (1件)
Physical Review E
巻: 98 ページ: 042601~042601
https://doi.org/10.1103/PhysRevE.98.042601
The Journal of Chemical Physics
巻: 149 ページ: 054502~054502
https://doi.org/10.1063/1.5037217
https://researchmap.jp/kofu125/