研究課題/領域番号 |
17K05651
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
田中 博 筑波大学, 計算科学研究センター, 教授 (70236628)
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研究分担者 |
寺崎 康児 国立研究開発法人理化学研究所, 計算科学研究機構, 研究員 (80548842)
松枝 未遠 筑波大学, 計算科学研究センター, 助教 (80738691)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 地衡風乱流 / 大気大循環 / 慣性小領域理論 / 3Dノーマルモード / 鉛直構造関数 / 境界値問題 / Galerkin法 / エネルギースペクトル |
研究実績の概要 |
大気大循環の波数空間におけるエネルギースペクトルは波数の‐3乗に従う。その理論的根拠としては2次元乱流の慣性小領域理論が一般的であり、教科書にも記述されている。ところが、我々が開発した3Dノーマルモードエネルギー論によると、地衡風乱流のエネルギースペクトルの中央にエネルギー源があることが判明し、その領域にエネルギー源がないことを前提とした慣性小領域理論が正しくないことが示唆された。そこで、本研究では、大気大循環における地衡風乱流スペクトルの説明として、これまでの2次元乱流の慣性小領域理論に代えて、新たに、ロスビー波の砕波と飽和による地衡風乱流理論を提唱し、その根拠を観測データから実証することを目的とした。この理論によると、エネルギースペクトルは E=mc 2となることが示されている。 平成29年度は、鉛直構造関数の数値解に対する問題点について検証実験を行った。鉛直構造関数は気圧0の大気上端が特異点となる特異Sturm-Liouvilleタイプの常微分方程式になるため、解の存在、唯一性が大気上端の境界条件次第で変化し、たとえ唯一の解の存在が証明されても、それを安定に計算することは困難を極めることが分かってきた。そこで、大気上端をε>0 として特異点を外し、中間圏界面付近を大気上端として境界条件を与え、解析解を求めた。それを差分法とGalerkin法(スペクトル法)の2通りの数値解法で計算し、解析解と比較したところ、高次のモードの数値解は解析解と明らかに異なるものとなった。そこで、大気上端を有限とした場合の解析解について、特異点を持たない常微分方程式に変形してから、差分法とGalerkin法で数値解を求めたところ、安定した解を求めることができた。この事から、特異点を持つ境界値問題としての固有解は、数値的に計算する際には、充分な計算結果の検証が必要になることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
大気大循環の3Dノーマルモード(基準振動)計算において、鉛直構造関数の数値解は理論解と異なる構造となることがあり、高次のモードは地上付近で小振幅であるべきところ、大振幅となってしまうという問題がある。数値解が理論解とほぼ同じになるような計算スキームの提示が求められていることから、本研究では初めにこの問題に取り組むために、方程式の特異点を変数変換で取り除くという方法で数値解法を組み直し、鉛直構造関数の直交性を保持した解法を新たに開発した。この方法で、解析解と十分に近い数値解が得られたが、教訓として分かった知見は、方程式系が特異点を持つような場合には、その近似を求める数値計算法では、全く異なる解を算出してしまう事がある、という事である。 この問題は、境界値問題に限らず、初期値問題においても発生し得ることである。方程式系が0固有値を持ち、その点が方程式系の特異点のような振る舞いをする場合には、時間積分を行う数値解そのものが、解の安定性の観点からは不安定な解となる。大気大循環におけるこのケースの典型例として、北極振動解が考えられる。流体の非線形モデルを基本場で線形化すると、基本場によっては固有値ゼロの北極振動解が発生する。我々はこれを北極振動の特異固有解理論と呼んでいるが、固有値が0となるモデルの時間発展では、北極振動が正と負の指数でカオス的に増幅する事がある。同じことが、特異Sturm-Liouvilleタイプの常微分方程式の数値解法で具現化できたと考える。 平成29年度は、特異Sturm-Liouvilleタイプの常微分方程式の数値解法にみられる問題点をまとめた論文を準備中で、次年度には投稿の予定である。この研究では、特異点を除外した境界値問題においても、数値解の問題は消えないことを示し、方程式が解析的に特異点をどこにももたないように座標・変数変換することが重要であることを示した。
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今後の研究の推進方策 |
特異点を持つ鉛直構造方程式の問題と比較すると、水平構造方程式(Laplace潮汐方程式)は、解法は困難であるものの、解の存在と唯一性、安定性は示されているので、丹念に計算することで安定した解(Hough関数という)が得られる。大気を鉛直方向に平均した順圧浅水系モデルは、Hough関数を基底に用いることで、水平2次元のスペクトルモデルとして有用である。本研究では、筑波大学で開発した順圧Sモデルによる傾圧不安定波の純粋培養実験を行い、初期値問題として傾圧不安定で増幅するロスビー波が、臨界振幅で飽和に達する過程を丹念に調査する。 波が有限振幅になると、非線形項の増大により他の波数の波が増幅し、波が砕波に至ることで、E=mc 2の飽和スペクトルが得られる、という検証実験を行うことが今後の課題である。傾圧不安定により微小振幅から指数関数的に増幅するロスビー波は、渦位の南北勾配が負になる臨界点で飽和に達する。この臨界点は波のスケールに依存し、そのスケールは位相速度cの関数として、E=mc 2により上限を持つ。ここでmは単位面積あたりの大気質量でm=ps/g のように地上気圧と重力で決まる。今後は、傾圧不安定の増幅率を調整して、どの東西波数に対しても、エネルギーの上限がE=mc 2により規程されることを数値実験で検証する。また、ロスビー波の増幅・飽和・砕波のプロセスにおいて、傾圧不安定波の構造が本質的に重要かどうかを検証する。傾圧不安定波は一般的に偏西風ジェット軸付近に最大振幅を持ち、トラフ軸が逆「く」の字となる構造を持つ。これにより渦運動量輸送はジェット軸付近で収束する。トラフ軸が南北方向に直線となるような波でも、同じ飽和点で増幅が止まるのかなど検証する。この一連の実験により、E=mc 2の飽和スペクトルが、観測されるような地衡風乱流スペクトルの説明となるかを検証する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
共同研究者(分担者)の寺崎研究員は分担額を平成29年度に消耗品と国内旅費として執行する予定であった。しかし、年度末になり本人が想定外の多忙により、予算執行が遅れた。本学からは2度にわたり予算執行を指示したが、結果として未使用となった。 次年度持越しとなった配分予算は、当該年度分に加算して消耗品と国内旅費として執行する計画である。
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