研究実績の概要 |
昨年度に続き、パラ位を置換した安息香酸 (4-X-bza)と1,4-ジアザビシクロオクタン(dabco)を配位子とする一連の錯体結晶[Cu2(4-X-bza)4(dabco)] (X= F, Cl, Br, I, Me)について、無極性分子であるエチレンとエタンおよび極性分子であるCH2F2の吸蔵と相転移を、当該ガス雰囲気下、様々ガス分圧について示差走査熱量測定(DSC)を用いて調べた。特に[Cu2(4-Me-bza)4(dabco)]錯体と[Cu2(4-F-bza)4(dabco)]錯体では、顕著な構造相転移を伴う気体の吸蔵・放出が起こることを見出した。それぞれのガス分圧と相転移温度の関係からゲスト分子の錯体格子からの気化熱を見積もることができた。 重水素化エチレン雰囲気下の[Cu2(4-F-bza)4(dabco)]錯体について、in situ固体重水素核NMR測定を行った結果、エチレン分子は、ホスト格子中で一軸性の回転運動をしながら、温度上昇と共に異なる二種類のサイト間のホッピングが熱励起されホスト格子からの放出にいたることを見出した。エチレン分子の放出温度は異なるが、昨年度報告した[Cu2(bza)4(dabco)]錯体中でのエチレン分子の運動状態と類似している。 決まった大きさのキラルな一次元細孔を持つ錯体結晶Y(BTC) (BTC= Benzene-1,3,5-tricarboxylate)に極性分子であるCH2F2を吸蔵させると70K近傍で強誘電的相転移と思われる誘電異常を見出していた。さらに精査するために、同じ試料について熱サイクルを繰り返したところ、この相転移の誘電異常の形状が変化していった。これは熱力学的な平衡状態ではない条件下で、誘電異常が出現したものと考えられる。新たな誘電物性の創成と平衡・非平衡の関係が重要であり、さらなる探求が必要である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
● パラ位置換の安息香酸 (4-X-bza)と1,4-ジアザビシクロオクタン(dabco)を配位子とする一連の錯体結晶[Cu2(4-X-bza)4(dabco)] (X=H, F, Cl, Br, I, Me)について、無極性分子C2H4, C2H6および極性分子CH2F2の吸蔵・放出を、示差走査熱量測定(DSC)を用いて調べ、特にX=H, F, Meの錯体結晶が顕著な格子の相転移を伴ってすべての気体分子を吸蔵・放出することを見出した。ガス分圧と相転移温度の関係はクラウジウスクラペイロンの式でよく説明でき、気体分子1 molあたりの気化熱を見積もることができた。無極性分子C2H4, C2H6に比べて極性分子CH2F2は錯体格子からの気化熱が10~30%大きいことがわかった。 ● 一次元細孔を持つ錯体結晶Y(BTC)に極性分子であるCH2F2を吸蔵させると70K近傍で強誘電的相転移と思われる誘電異常を見出したが、同じ試料について熱サイクルを繰り返すと再現せず、熱平衡状態での誘電応答ではないと考えられる。より顕著な誘電応答が期待される極性を持つ高分子錯体として配位子に2,2’-ビピリジン-3,3’-ジカルボン酸イオン(bpydc)を持つAgEu錯体[Ag3Eu7(μ3-OH)8(bpydc)6(NO3)3(H2O)6](NO3)2H2Oに注目し、錯体結晶に含まれる配位水および遊離水を除いた後、極性分子であるCH2F2雰囲気下で誘電率測定を行った。100K以下では500Hzで測定した比誘電率が約400にも達する値を示し、真空中の比誘電率は8.5であり、50倍近い値となった。しかし、熱サイクルを繰り返すと、この大きな値は再現せず、熱平衡状態での誘電応答ではなく、非平衡状態をとらえたものと考えられる。新規な誘電物性の創成には繋がると思われるが、再現性の確立が必要である。
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今後の研究の推進方策 |
キラルな一次元細孔を持つが中心対称性を持ち極性構造ではない錯体結晶[Y(BTC)] (BTC= Benzene-1,3,5-tricarboxylate)にジフルオロメタンを吸蔵させて、複素誘電率を測定した結果、70K近傍で強誘電的相転移と思われる誘電異常を見出したが、同じ試料について熱サイクルを繰り返すと再現せず、熱平衡状態での誘電応答ではないと考えられる。 さらに、極性を持つ高分子錯体として配位子に2,2’-ビピリジン-3,3’-ジカルボン酸イオン(bpydc)を持つAgEu錯体[Ag3Eu7(μ3-OH)8(bpydc)6(NO3)3(H2O)6](NO3)2H2Oが極性分子であるCH2F2雰囲気下で、異常に大きな比誘電率(約400)を示すことを見出したが、熱サイクルを繰り返すと、この大きな値は再現せず、非平衡状態をとらえたものと考えられる。 これらの結果は、どちらの高分子錯体も金属イオンに配位した水分子を取り除いているため高分子錯体の構造が不安定であり、熱サイクルにより構造が変化するため起こっている可能性がある。今後は、以下の方針で「極性分子吸蔵による新規な誘電物性の創成」を推進していく。 1)金属イオンが配位水もしくは配位溶媒を持たない高分子錯体を用いる。あるいは、配位溶媒分子を持っていても極性分子を吸蔵できる大きさのチャンネルを有する高分子錯体を用いる。 2)極性分子の電気双極子モーメントと方向性を持った相互作用が期待できる極性を持った(中心対称性を持たない)高分子錯体を用いる。
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