研究課題/領域番号 |
17K05742
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研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
矢後 友暁 埼玉大学, 理工学研究科, 助教 (30451735)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | シングレットフィッション / 三重項対 / 蛍光 / 磁場効果 / 有機結晶 |
研究実績の概要 |
太陽電池の開発においては、太陽光のもつエネルギーを有効に活用できることが重要である。既存のシリコン太陽電池においては、1100 nmの光のエネルギーは有効に活用されているが、それより短波長の光においては、光のエネルギーの一部が熱となり電気的なエネルギーに変換されずに放出されている。このようなエネルギーを有効活用できれば、太陽電池の効率の向上が期待される。 シングレットフィッション(励起子分裂)とは、一つの光励起状態(一重項)から二つの光励起状態(三重項)が生成する現象のことである。生成した励起状態のエネルギーは初めの励起状態のエネルギーの半分程度となり、エネルギー保存則が成り立つ。この励起子分裂を利用すると、太陽電池の効率を向上させることが可能である。励起子分裂を用いたスキームにおいては、(1)はじめに分子が短波長の光を吸収する。(2)励起子分裂が起こり、エネルギーが低い励起状態が二つ生成する。(3)励起状態のエネルギーが太陽電池の駆動に必要なエネルギーにマッチしているため、二つの励起状態エネルギーどちらもが電気エネルギーに変換される。したがって、この波長での太陽電池の変換効率は励起子分裂がない場合に比べ倍となり、太陽電池の効率化が達成される。 このような励起子分裂の最適化するためには、その機構を明らかにすることが重要である。しかし、励起子分裂を効率よく起こす材料はいまだ少なくその機構は明らかにされていない。本研究では、励起子分裂の機構を明らかにする第一歩として、励起子分裂過程において生成する二つの励起状態がカップルした状態を観測し特定することを目的とし研究を行った。磁場下での蛍光測定から有機結晶中での励起状態対の構造を特定することに成功した。得られた結果より、励起子分裂は、分子の配向が非対称になっている場合に効率よく進行することが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ジフェニルヘキサトリエン(DPH)の有機結晶を用いて蛍光強度の磁場依存性を測定した。DPH結晶中で励起子分裂が起こることはすでにアメリカの研究者により報告がされている。磁場の印加により0. 5 T 以下の磁場領域では、蛍光強度が減少し、0.5 T 以上の磁場領域では蛍光強度は増加した。この磁場効果は、従来の磁場効果理論により説明される。励起子分裂より生じた三重項対のスピン状態は磁場の効果を受ける。三重項対においてスピン状態選択的な再結合が起こり、励起一重項の占有数に磁場効果が表れる。我々は、さらに2 T から5 Tの高磁場領域に、複数のディップ(蛍光強度の減少)を観測した。この磁場効果はこれまで観測されておらず、我々の研究により初めて観測された。この磁場効果は、レベルクロス機構による磁場効果によって説明される。相関三重項対において、交換相互作用が働くためスピン状態間に大きなエネルギー差が生じる。一方、三重項対のスピン状態のエネルギーは、磁場の印加によりゼーマン分裂する。このゼーマン分裂により、交換相互作用によるスピン状態間のエネルギー差がキャンセルされる場合、二つのスピン状態のエネルギーが等しくなり縮重する(レベルクロス)。この条件では、スピン状態間での行き来が可能となり、新たな磁場効果が発現する。我々は実験および理論的解析より、レベルクロス機構による磁場効果のパターンが三重項対の配向と磁場の向きに強く依存することを見出した。このことは、レベルクロスによる磁場効果の観測から交換相互作用が働く相関三重項対の構造を決定できることを意味している。単結晶において磁場効果の磁場方向依存性を詳細に検討し、相関三重項対の構造を決定した。決定された構造は非対称であり、効率の良い励起子分裂には、非対称な分子の配置が重要であることが明らかになった。
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今後の研究の推進方策 |
室温では、相関三重対の寿命(サブナノ秒)が短いために時間分解EPR 法(数十ナノ秒の時間分解能)により、相関三重項対を直接観測することは難しい。しかし、極低温では相関三重項対の解離や再結合が抑えられるために時間分解EPR 法により三重項が対になった状態が直接観測できると期待できる。実際に、光合成反応中心や有機薄膜太陽電池の研究においては、極低温においてアニオンとカチオンが対になったイオンラジカル対の状態が時間分解EPR 法により観測されてきた。時間分解EPR 法により、有機結晶中で生成した相関三重項対を直接観測し、その構造を決定する。得られた構造を磁場効果測定から得られた構造と比較し検討を行う。 他の有機材料においても蛍光の磁場効果測定を高磁場領域まで行い、レベルクロスによる磁場効果の観測を試みる。レベルクロスによる磁場効果が観測され交換相互作用の大きさを様々な結晶で決定し、結晶構造の解析などから分子の配置とシングレットフィッションにおける分子間相互作用について系統的な研究を進める。
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