研究課題/領域番号 |
17K05747
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
井内 哲 名古屋大学, 情報学研究科, 助教 (50535060)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 遷移金属錯体 / 励起状態ダイナミクス / 項間交差 / 電子緩和 |
研究実績の概要 |
本研究課題は、分子動力学シミュレーションを用いて、遷移金属錯体の励起状態で起こる項間交差や構造変化を伴う超高速の緩和ダイナミクスの詳細を明らかにすることを目的としている。初年度である平成29年度は、分子動力学シミュレーションを現実的な計算コストで実行可能とするための方法として、基本的な錯体の励起状態を高速計算するためのモデルハミルトニアンの開発を行った。具体的には、実験的に緩和ダイナミクスに関するデータが蓄積されてきているトリスビピリジン鉄(II)錯体([Fe(bpy)3]2+)の励起状態を研究対象とした。
我々はこれまでに [Fe(bpy)3]2+錯体のすべてのd-d励起状態を同時に計算できる量子化学的モデルハミルトニアンを開発してきた。このモデルハミルトニアンを拡張し、金属(M)から配位子(L)への電荷移動(CT)に由来するMLCT励起状態を計算するためのモデルハミルトニアンの関数形を決定した。これを基に、[Fe(bpy)3]2+錯体のd-d励起状態とMLCT励起状態を同時に計算できるモデルハミルトニアンのプログラム開発を行った。
開発したモデルハミルトニアン中のパラメータをいくつかテストし、予め用意したいくつかの密度汎関数理論(DFT)計算結果の特徴を半定量的に再現するモデルハミルトニアンを構築できることを確認した。また、励起状態ダイナミクスを追跡するためのシミュレーションに必要となる要素(核座標に対する微分やスピン軌道相互作用など)を計算するためのプログラム開発を進めた。さらに、現実的な計算コストでシミュレーションを可能とするため、並列化などによるプログラムの高速化も進めた。これらにより、[Fe(bpy)3]2+錯体の励起状態ダイナミクスを追跡する分子動力学シミュレーションを現実的な計算コストで実行する方法が整いつつある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
初年度の主な目標として、(1)金属から配位子への電荷移動に由来するMLCT励起状態を記述できるモデルハミルトニアンの関数形を決定し、プログラム開発を行うこと、ならびに、(2)いくつかの錯体構造において量子化学計算を行い、その結果を合理的に再現するパラメータを決定することを掲げていた。プログラム開発を行い、パラメータをいくつかテストすることで、モデルハミルトニアンの開発に目処を立てられたことからは、おおむね順調に進んでいると言える。ただし、(1)の段階で予想以上に時間を要したため、核座標に対する微分やスピン軌道相互作用などのプログラム開発、プログラムの高速化が中途であるため、分子動力学シミュレーションの実行に向けて次年度の初期にまだプログラム開発を続ける必要がある点を考慮してやや遅れていると判断とした。
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今後の研究の推進方策 |
やや遅れている要因となっている核座標に対する微分やスピン軌道相互作用などのプログラム開発を早急に進める。それを基に分子動力学シミュレーションを行い、計算で得られる吸収スペクトルと実験のスペクトルとを比較する。多数の錯体構造での励起状態のエネルギーなどを量子化学計算結果と比較し、開発したモデルハミルトニアンの妥当性を検討する。必要に応じてパラメータを再検討してより合理的なモデルハミルトニアンに修正していく。さらに、状態間遷移も考慮に入れた分子動力学シミュレーションを行い、光励起後の[Fe(bpy)3]2+錯体の緩和ダイナミクスの詳細を調べる。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度である平成29年度に、種々のテスト計算を行うための新たなワークステーションの購入を予定していた。しかし、現在までの進捗状況で報告した通り、プログラム開発においてやや遅れが出てきたため、分子動力学シミュレーションを含むテスト計算が本格化する時に最適のワークステーションを購入する方が効率的かつ有用であると判断して、次年度に購入することとした。
プログラム開発がおおよそ収束した段階で、平成29年度の残額と平成30年度分の物品費とを合わせて高性能のワークステーションを購入し、分子動力学シミュレーションを含めたテスト計算ならびに電子緩和を追跡するシミュレーションを効率的に行う。残りは当初の予定通り、学会や研究会で研究成果を発表するための旅費として使用する。
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