研究課題/領域番号 |
17K05748
|
研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
吉井 範行 名古屋大学, 工学研究科, 特任准教授 (70371599)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | 物理化学 / 分子動力学シミュレーション / 脂質膜 / ミセル / 膜透過 / 可溶化 |
研究実績の概要 |
生理活性分子の細胞内環境における移動の分子論的知見を得るために、分子動力学(MD)計算に基づいた溶質分子の脂質膜やミセルへの分配、結合解離ついて自由エネルギー解析を進めてきた。特に、脂質膜-ミセル間、およびミセル-ミセル間での溶質分子の交換による複雑な移動過程のキネティクスを分子レベルから明らかにすることを目指している。 本研究では、まず溶質分子がバルクから脂質膜あるいはミセルへと結合する過程について、反応経路に沿った自由エネルギー変化を求め、さらに結合、および解離速度定数といったキネティクスの評価を行うために位置依存の拡散係数の評価を行った。溶質分子のモデルとしては、以前NMR測定を用いて実験的にバルクと脂質膜ベシクルとの交換速度定数を評価した抗がん剤分子5FUを採用した。生体膜のモデルとしては、実在の細胞膜のモデル物質としてPOPC 脂質 2 分子膜を、またミセルには基礎物性が広く研究されているSDSミセルを用いて、以下の検討を行った。(1)溶質がバルクから脂質膜へと結合する過程を記述する反応座標として、2分子膜の中心面から溶質分子までの法線距離Zを用い、座標空間Zに沿った自由エネルギー変化ΔG(Z)を熱力学的積分法により評価した。薬物は膜親水部に弱く結合し、疎水部では大きな自由エネルギー障壁を感じる様子が見られた。(2)溶質の結合解離のキネティクス評価のために、Z依存の拡散係数D(Z)を求めた。これとΔG(Z)とを用いて、反応経路に沿った結合解離過程の速度定数を評価した。得られた結果を以前のNMR測定の結果と比較した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
膜やミセルが混在する分子混雑環境における溶質分子(薬物)の結合解離、拡散ついての解析は、これまでほとんど行われていなかった。我々は、独自開発を進めている高並列汎用分子動力学(MD)シミュレーションソフトMODYLASを用いて、このような大規模複雑系における物質分配や輸送についての解析を、自由エネルギー計算やキネティクスの評価を用いて進めている。 本年度は、複雑な系における分配、輸送現象の解析に先立って、その素過程に相当する脂質膜やミセル系と溶質分子との相互作用の評価を行った。当初予定通り、これらの系の自由エネルギー計算や拡散係数の評価を進め、計算結果の解析からキネティクスの評価を行うことができた。溶質分子としてまずは実験的な知見を有する5FU分子を採用した。これは対称性の高いrigidな分子であるため、自由エネルギー計算においても効率よくサンプリングできた。そのため複雑な反応座標の検討は不要であった。引き続き、膜-ミセルおよびミセル-ミセル間での溶質分子の交換について、初期配置の準備および平衡化計算を進めている。
|
今後の研究の推進方策 |
2年目は、昨年度に実施した溶質分子のバルク-膜間やバルク-ミセル間の分配・輸送をさらに拡張し、膜-ミセル間やミセル-ミセル間での分配・輸送過程を対象とする。 まずは、膜-ミセル複合系における溶質の輸送過程の検討のために、膜とミセルの接触に伴う分子の移動経路の探索を行う。得られた経路に沿った自由エネルギー解析を行うとともに、拡散係数の位置依存性の評価も行い、結合解離の速度定数を得る。同様の検討をミセル-ミセル間においても行い、それぞれの素過程の反応経路の探索、およびキネティクス評価を行う。これらは、より複雑な系における溶質分子の分配輸送の基礎データとなる。
|