研究課題/領域番号 |
17K05751
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
圷 広樹 大阪大学, 理学研究科, 准教授 (80316033)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 有機導体 / 安定有機ラジカル / 極性結晶 / ダイオード特性 / BEDT-TTF / 伝導性 / キラル / 分極 |
研究実績の概要 |
2019年度は3つの研究を行った。(1)新規アニオンの合成では、R-PROXYL-CONH-m-C6H4SO3-の合成に成功し、PPh4塩として得た。X線構造解析により確認した。このPPh4塩ではアニオンが分極した構造を有し、極性結晶であった。有機伝導体の構成成分として用いたときも分極アニオン層を有するのではと期待できる。まだ少量しか得られていないため、今後大量合成を目指す。また、ラセミ体の合成も検討する。 (2)昨年合成に成功したキラル有機伝導体β’’-(BEDT-TTF)2(S-PROXYL-CONHCH2SO3) (S-1) および2008年にすでに我々によって合成されていたラセミ体β’’-(BEDT-TTF)2(Rac-PROXYL-CONHCH2SO3) (Rac-1)について、伝導度の再測定、低温でのX線構造解析、およびESR測定を行った。伝導度測定では、両者の転移温度はほぼ同じであった(Cooling: 220 K, Heating: 280 K)。昨年度の報告書は間違いでしたので、この場を借りて訂正します。しかし、30 Kでの抵抗率はS-1の方が3桁ほど大きく、同形なのに基底状態に違いがあった。実際、29, 28 KのX線構造を用いたバンド計算の結果、ラセミ体のみがバンド絶縁体になっていることが明らかになり、キラル体とラセミ体で電子構造の違いがはっきり現れた。 (3)極性有機導体、α-(BEDT-TTF)2(PO-CON(CH3)CH2SO3)・3H2O(2)の結晶作成がうまく行ってなかったが、様々なトライの結果、10℃での電解で結晶ができることが判った。温度制御のため、急遽クールインキュベータを2台購入した。しかし、得られた結晶のFlack parameterは今のところ全て0.5であり、反転双晶であった。さらなる電解条件の検討が必要である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
新規物質開発については、新アニオンの合成は2019年度は1種類のみと停滞してしまったが、昨年度作成した結晶S-1がRac-1とは異なる基底状態を持つことが判り、研究が進んだと言える。S-1とRac-1とは低温(29および28 K)でもほぼ同形で、違いはキラル中心のC-H結合の向きだけである。Rac-1ではC-Hはお互いの分極を打ち消すように配列して無極性結晶になっているのに対し、S-1では同じ方向を向き分極を残している。アニオン2分子の双極子モーメント(μ)をMOPAC2016で計算することにより、1分子あたりの残留μは0.6 debyeであった。電位に直すと0.36 eVであり、0.36 Vが隣の伝導ドナー層にかかっていることになる。ドナー層はβ’’-配列を取っているが、この配列では、2分子がアニオン層の+側に、もう2分子が-側に寄っていて、前者が後者より若干小さな酸化数を有していることが、結合距離を用いたBEDT-TTFの酸化数の計算から明らかになった。アニオン層とドナー層の分極はほぼ同じ方向を向いているが逆向きで、結晶全体の分極を打ち消すように配列していた。Rac-1では無極性のバンド絶縁体になったのに対して、S-1ではアニオンの分極を打ち消すため、極性を有する特異な電荷分離状態になったことになる。たった一つのC-H結合の双極子モーメントが電子状態に大きな影響を与えることがわかり、研究が進んだと言える。 一方、ダイオード測定の再現や圧力測定など物性測定については昨年度に続き研究は遅れ気味である。その原因は2の結晶作成の再現性である。2019年度大きく改善したものの、得られる結晶のほぼ全部が今のところ反転双晶で、真の極性単結晶が得られていない。ダイオード特性については、2020年度はなんとか真の極性単結晶を作成し、I-V特性の面間方向の4端子測定を行う予定である。
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今後の研究の推進方策 |
新規物質開拓については2020年度もキラリティーの導入を中心に行っていくつもりである。具体的には、昨年度合成のみ成功しているR-PROXYL-CONH-m-C6H4SO3-の多量合成とS-体またはラセミ体の合成を行う。BEDT-TTFなどのドナーと電解結晶成長を行うことにより、キラル有機伝導体を得る。また、昨年度の推進方策に取り上げた合成のうち、S-H2NCH(CH3)CH2SO3Hの合成に成功し、また新たにR-H2NCH2CH(CH3)SO3Hの合成にも成功した。これらとPO-COOHとを脱水縮合することにより、S-PO-CONHCH(CH3)CH2SO3-およびR-PO-CONHCH2CH(CH3)SO3-を合成する予定である。合成できたらBEDT-TTFなどのドナー分子と電解結晶成長を行い、キラル有機伝導体を得る。また配座が逆のR-H2NCH(CH3)CH2SO3HやS-H2NCH2CH(CH3)SO3Hも2020年度合成する。 極性結晶2については、真の反転双晶ではない極性結晶を作成するため条件検討を行う。結晶が得られたら、まずはダイオード特性を再現させるため、4端子法によるI-V特性評価を行う予定である。具体的には板状結晶の表と裏に端子を2つずつ貼る、Montgomery法にて行う。この方法だと面間方向のI-V特性評価ができる。 2の伝導度の圧力下測定は2019年度に始める予定だったが、2の真の極性結晶の作成がうまく行っていないため、進められていない。なんとか結晶を得て、2020年度には始める。反転双晶の結晶はすでに充分得られており、磁化率の圧力測定の場合、粉末を用いるため、実験可能である。SQUID用の圧力セルを購入し、磁化率の圧力依存を測定する予定である。圧力印加によって電荷のグラデーションが起こり、一結晶中で金属層、超伝導層、絶縁層ができると期待している。
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次年度使用額が生じた理由 |
購入予定だった試薬のうちの1つが、法令改正で輸入できなくなったため。国内では販売されていないため、研究計画の変更が必要になる。幸い、細微な変更で済みそうである。
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