研究課題/領域番号 |
17K05754
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研究機関 | 徳島大学 |
研究代表者 |
吉田 健 徳島大学, 大学院社会産業理工学研究部(理工学域), 講師 (80549171)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 超臨界水 / 分子動力学シミュレーション / NMR分光法 / 並進拡散 / 水素結合 / 溶媒和 |
研究実績の概要 |
平成29年度は、高温NMR実験およびMDシミュレーションによる解析より、超臨界条件における水とシクロヘキサンの混合流体中の、各成分の自己拡散係数の、組成・密度依存性について解析を行った。水の含有率が多いほど、水の拡散係数は、シクロヘキサンのものに比べて相対的に小さくなることが、実験と計算の両面から明らかになった。これは、水の含有率が多いほど、水―水間の水素結合の影響が大きくなることを示す結果である。さらに、密度変化に対しては、密度が高くなるほど、水の拡散係数がシクロヘキサンのものに比べて相対的に小さくなる傾向が、同じく実験と計算の両面から見いだされた。これは、シクロヘキサンの提供する疎水的な微視的環境の中で制約された水分子同士は高密度ほど水素結合を強く形成することを示唆する結果である。MD計算から得られた、水―水間、シクロヘキサン―シクロヘキサン間、水―シクロヘキサン間の動径分布関数について、水―水間の水素結合や、水―シクロヘキサン間の溶媒和状態を組成と密度の関数として調べたところ、拡散係数に対する上述の分子描像と合致することが分かった。NMR研究の面では、当該年度にはさらに研究を発展させ、水―有機溶媒の混合環境における興味深い現象として、水―ジメチルスルホキシド(DMSO)混合溶媒中における直鎖の多糖であるアミロースの溶存状態および加水分解の初期過程の解析にも着手した。両親媒性である糖鎖の会合・凝集という溶媒和状態が反応性の鍵を握ることが新たに見いだされた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
組成および密度の効果として、水とシクロヘキサンの拡散係数の比率が、組成と密度の関数としてどのような傾向を持つかを、実験・計算の両面から定量的に明らかにすることが達成できた。特に、MD計算に必要な統計量については注意を払って解析を行い、実績の概要に記した傾向を有意な精度で見るためには、各熱力学条件において50 nsの計算が必要であるということを定量的に評価することが出来ている。動径分布関数との対比から、溶媒和の構造と、第一~第二溶媒和圏程度の微視的なスケールでの溶媒和の不均一性と並進ダイナミクスの相関関係に関する知見を得て、系統的に整理するところまでが達成できている。 NMR研究の面では、当該年度にはさらに研究を発展させ、水―有機溶媒の混合環境における興味深い現象として、直鎖の多糖であるアミロースの加水分解の初期過程の解析にも着手した。アミロースの分解の初期過程に誘導時間が存在し、1H NMRからみた溶質―溶媒間のプロトン交換の状況からすると、溶質の水酸基の溶媒への露出、すなわち溶媒中の水が溶質の反応サイトにコンタクトを開始することが、反応のトリガーとなることが見いだされた。さらに、反応物の初濃度が高いほど誘導時間が長くなることも分かり、反応物の会合・凝集という溶媒和状態が反応速度に大きく影響することが見いだされた。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度には、温度効果についての検討を進める計画である。以前の純溶媒としての水およびシクロヘキサンに関する研究からは、引力的な水素結合が並進ダイナミクスに及ぼす影響は温度効果に特に顕著に現れることを見出している。この点を考慮すると、水とシクロヘキサンのそれぞれの自己拡散係数の活性化エネルギーが、密度や組成におけるそれぞれの領域によって、どのように依存するのかを明らかにすることは、これまで研究されていない水―疎水性有機溶媒の自由混合中における水―水間の水素結合の影響の考察としては非常に興味深い。さらには、温度依存性を確立させたうえで、水およびシクロヘキサンの拡散係数が、温度・密度・組成の関数としてどのような近似式で表されるのかを検討する計画である。信頼できる近似式の提唱は、工学的な応用からも、溶液化学の基礎物性の観点からも、両面から意義深い。以前に純溶媒系を対象に提示した温度・密度の多項式としての表式に、組成に依存する項を拡張的に導入し、広い温度・密度・組成で実験値をより正しく表現する表式の検討と開発を進める計画である。
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