生体分子の構造研究は、生物科学や物性科学など幅広い分野で欠かすことのできない研究課題となっており、特に生体機能を示す常温での構造とダイナミクスを 明らかにすることは、特に重要となってきている。本研究の目的は、1)常温での生体分子の構造、および生体機能の発現過程で時々刻々と変化する中間構造 を、その状態を保持したまま急速に凍結する手法を確立し、2)それによって捕捉・凍結された生体超分子の過渡的構造を電子スピン共鳴(ESR)法によって分子 レベルで明らかにすることである。まず、ESRによる構造変化観測のおいて不可欠な距離測定法の改良に向けて、実験と理論の両面から研究を進めてきた。具体的には、メトミオグロビンのミュータント(Q8R1)を対象にESRを用いたrelaxation‐induced dipolar modulation enhancement (RIDME)測定を行い、従来の手法で構造解析を行った。すでに報告されている結晶構造との比較から、従来の近似を用いた手法では正しい構造(距離)が決定できないことを明らかにし、距離情報を得るための新たな解析プログラムを開発した。また、感度および精度の高い距離測定を行うため、任意波形マイクロ波パルスを用いた距離測定法の開発を行ってきた。光照射によって結晶中に不均一に生成するラジカル対に対して高感度で距離測定を行う手法を見出した。一方で、昨年度に引き続き、構造変化を示す生体膜イオンチャンネルを対象とした実験を継続した。測定の時間分解能を、標準試料としてミオグロビンの還元反応を用いることでキャリブレーションを行った。装置の改良により、昨年度より高い時間分解能を得ることができた一方で、観測されたミオグロビンの還元反応の速度定数は、これまで報告されていた値よりも遅く、急速凍結がタンパク質内のダイナミクスに影響を及ぼしていることが明らかとなった。
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