有機化合物の水素化は,広範な材料開発において最も重要な化学変換の一つであるが,水素供与体として用いられる水素ガスの安全性および枯渇資源由来であるという点を考慮すると,従来の水素ガスに代わる安全かつ再生可能な水素供与体を利用した持続循環型プロセスの開発が急務である。本研究は,ルテニウム錯体上に様々な水素供与部位となるヒドリド(水素化物イオン)を構築し,これらの水素供与能を数値化することで,従来不可能であったヒドリド性能を直接比較し,再生可能なヒドリド生成法と融合することで,革新的な持続循環型水素化反応を創出することを目的としている。 昨年度までに,金属ヒドリド錯体と金属・有機ヒドリドの両方を含む複合ヒドリド錯体の合成と分子構造決定,種々の性質や生成機構を明らかにした。この成果を受けて本年度は,残りのヒドリドである有機ヒドリド錯体の合成,構造,性質,および生成機構を明らかにすること,さらにこれまでに合成に成功した3種の異種ヒドリド錯体を用いて,水素供与能の比較を行った。 所望の有機ヒドリド錯体は,原料錯体をアルコール/水混合溶液中,加圧CO下で加熱することにより合成した。生成機構を検討したところ,一酸化炭素と水から水性ガスシフト反応により生じた水素が水素源となっていることが判明した。また,各種分光分析ならびにX線回折実験から,有機配位子上の特定の炭素原子が選択的に水素化されていることを確認した。 次に合成した3種類のヒドリド錯体を用いて,基質への水素供与能を調査した。対象となるヒドリド錯体と,性能の異なる3種類の水素受容体を反応させ,分光測定により反応速度を追跡したところ,金属ヒドリドに比べて有機ヒドリドの方が水素供与能に優れることが分かった。 以上,本研究で得られた知見は,より高性能なヒドリド錯体を設計・合成する上で重要な指針になると考えている。
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