研究課題/領域番号 |
17K05825
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
高橋 まさえ 東北大学, 農学研究科, 准教授 (80183854)
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研究分担者 |
松井 広志 東北大学, 理学研究科, 准教授 (30275292)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | テラヘルツ分光 / 第一原理計算 / 分散力 / 弱い水素結合 / ファンデルワールス力 / 非調和性 |
研究実績の概要 |
本研究は、応募者等が発見した温度依存テラヘルツ分光スペクトルに観測される水素結合ネットワークの形成開裂を指標に、テラヘルツ波を励起光とした低温光反応ダイナミクスを追跡し、人体に安全なテラヘルツ波の利点を活かした応用の道を開拓するものです。 まず、今年度は、テラヘルツ振動モードの物理化学過程での役割の同定を行いました。テラヘルツ分光は水素結合などの弱い非共有結合性結合の検出に有効であり、これらの結合はタンパク質の高次構造や機能などにおいて生体内で重要な働きをしています。水溶性ビタミンはその可溶性のために、様々な種類の分子間水素結合ネットワークを形成し、分子間水素結合を調べる良い材料です。今年度は、ニコチン酸、ニコチンアミド、アスコルビン酸、ピリドキシン塩酸塩、ビオチンの5種類の水溶性ビタミンについて、分子間水素結合の伸縮振動の定量的物性やポテンシャルエネルギー曲面の非調和性をもとにした解離定数の決定を行いました。 測定と計算の結果から、分子間水素結合伸縮振動の波数範囲、温度依存のピークシフト、半値全幅、モル吸光係数などの特性を明らかにしました。この結果は、弱い水素結合検出の指標としての利用が期待できます。非調和性はニコチンアミドとビオチンのいくつかのモードで得られました。ビオチンでは基準振動モードに同定されないポテンシャルの非調和性によるホットバンドが観測されました。非調和性を示すビオチンのピークについて、モースポテンシャルを仮定して結合定数、解離エネルギー、非調和定数を求めました。モースポテンシャルのパラメータは、変位ベクトルの大きさの異なる2点の値より導いた三次方程式の実数解から求める方法を開発しました。得られた結合定数と解離エネルギーはファンデルワールス力や弱い水素結合の範囲にあり、このエネルギー領域の振動への弱い非共有結合性相互作用の寄与が明らかとなりました。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は「波長可変テラヘルツ照射低温光反応測定装置の構築」と「テラヘルツ振動モードの物理化学過程での役割の同定」を行いました。「波長可変テラヘルツ照射低温光反応測定装置の構築」は資金不足で思うように進みませんでしたが、後述のように、研究過程でそれに変わる新しい現象を発見しました。本来の予定と若干方向は変わりますが、今後、この現象を基軸に研究課題に合致する低温光反応ダイナミクスの研究を推進します。「テラヘルツ振動モードの物理化学過程での役割の同定」は予定通りの成果を得ました。生体内での機能や高次構造のみならず、グラフェンの層間相互作用、ファンデルワールス磁性体など物理や材料などの分野でも脚光を浴びている弱い非共有結合性相互作用に焦点を絞り、テラヘルツ分光スペクトル測定を行いました。また、放射光施設(SPring-8)の赤外ビームラインを用いた測定を2回実施しました。これらの振動吸収スペクトルは低温において顕著なスペクトル変化が期待できませんが、弱い非共有結合性結合の関与する現象では低温における結合形成による変化が期待されます。実際に、弱い非共有結合性結合を有する試料において理論計算で予測したスペクトル変化を観測することに成功しました。加えて、測定の過程で、興味深い、そして現状で説明不能な現象が弱い水素結合を多数有する物質において共通に観測されました。これは、測定光による光励起と推定され、現在解析中です。通常の光反応では、励起光と測定光が別であり、励起効率のために100%励起された状態を観測できずスペクトルが複雑になります。もし我々の仮定が正しければ、測定光による励起なので100%励起された現象のみが観測されます。この現象は、非共有結合性結合の相互作用エネルギーが距離のマイナス6乗であることおよび非常に弱い相互作用であることのために生じるあらたな種類の光反応と位置づけられます。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、今年度発見した現象を基軸に低温光反応ダイナミクスを追跡します。また、もし、この新しく発見された低温における想定外の現象が我々の仮定では説明が困難であることが判明した場合、この現象の神髄を光反応の観点から解明します。さらに、今回発見した現象を利用し、当初予定通り 、以下に示す内容で「波長可変テラヘルツ照射低温光反応測定の溶液系への応用展開」を進めます。 固体での実験と理論解析をベースに溶液系へ応用展開し、溶液中における生体分子の水素結合ネットワークによる微視的構造とナノスケールの揺らぎ、薬物との化学反応と機能発現、機能発現の際に生じることが知られている大幅な構造変化等を調べます。テラヘルツ領域には分子間の振動が観測されるため、同じ試料でも固体と溶液ではテラヘルツスペクトルは大きく異なります。そこでまず、溶液のテラヘルツスペクトルと固体のテラヘルツスペクトルの違いを明らかにします。溶液中の物質にテラヘルツ光を照射する場合の最大の問題点は水によるテラヘルツ光の吸収です。これを回避するために、逆ミセルを作り、油に溶かした試料を薄いセルに入れ、テラヘルツ波励起による低温光反応を調べます。低温でかつ真空引きしたチャンバー内での測定なので油の選定が鍵となります。今年度、研究代表者は分担者と協力し、水和体の水がとばないように特殊な油脂溶液を使ったテラヘルツ測定に成功しており、逆ミセルの研究ではこの油脂溶液を利用します。この油脂溶液はテラヘルツ領域に吸収をもたないことも今年度すでに確認しています。 溶液系の実験に先立ち、非晶質ポリマーについて波長可変テラヘルツ照射低温光反応測定を行います。ポリマーのテラヘルツ帯の吸収は極めて低いので高濃度での測定が必要です。研究代表者は分担者と協力し、ポリエチレンと混合せずに測定できる方法を開発しています。この方法を溶液系に適用します。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度の研究過程で、テラヘルツ分光スペクトルにおける弱い相互作用に特有の非調和性を解析する新たな方法を発見して論文発表し、アムステルダムで開催される国際会議での招待講演の依頼をうけましたが、会議開催の時期が年度内ではなく次年度の4月だったので、今年度の成果発表の旅費を次年度に回すこととしました。
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