通常の界面張力とは二つの巨視的な相が接する界面内に働く力である。ミセルやべシクルなどの分子集合体は会合数が数十から数千であり、アボガロ数個の原子や分子の集合体である巨視相と比較すると非常に小さい。そのような分子集合体は独立な相として溶液から分離することは不可能であるが、擬似的に巨視相の振る舞いも示す。すなわち、ミセルやベシクルなどの分子集合体は原子・分子とも巨視相ともつかない中間的な性質を有する。溶液中の二分子膜の界面張力は存在しないという理論を主張する研究者もいる一方で、多くのミセルやベシクルは球状を保つため、これらの分子集合体と周囲の溶媒の間には界面張力に類似した力が働いていると考えられる。 界面張力は (1) 単位面積当たりの界面過剰エネルギーであり、したがって (2) 界面の安定性の指標、さらには (3) 界面の硬さの指標となる。また (4) 数nmしかない界面領域の性質を直接反映するきわめて重要な物理量である。ベシクル/水界面張力の実測が可能となれば、メゾスコピックな分子集合体形成に関して新たな知見が得られる。 本研究では、流体-流体間界面張力測定の原理を拡張して、ベシクル二分子膜に働く張力を直接測定する装置を開発することを目的とした。所有する透過型光学顕微鏡に取り付ける測定セルを考案し、様々な試作に取り組んだ。しかしながらその結果、セルは透過型顕微鏡での使用が難しくなり、落射型が必要となってしまった。測定装置の開発と測定方法の確立を試みながら、測定系の探索と検討も行った。その過程で得られた成果は、水溶性2本鎖リン脂質膜と鉄錯体の相互作用、そして中鎖脂肪酸の会合挙動について新たな知見が得られたことである。
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