研究課題/領域番号 |
17K05841
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研究機関 | 山陽小野田市立山口東京理科大学 |
研究代表者 |
井口 眞 山陽小野田市立山口東京理科大学, 工学部, 教授 (80291821)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ずれ応力・剪断応力 / 高圧実験 / フォトクロミズム / 光異性化 / スピロピラン / ジアリールエテン / 赤外ラマンスペクトル / 化学結合の制御 |
研究実績の概要 |
ジアリールエテン(DAE)の「ずれ応力と可視光の複合的効果による固相フォトクロミズム(PC)の確立と機構の解明」と,その特性を利用した「波長可変固相フォトクロミズムの創成」を目標としている。DAE結晶の開環体から閉環体への光異性化を誘起する光の波長は応力に依存して長波長化する。この現象を示すCMTE, BFCP, DMCP, TMCPの4種DAEを研究対象としている。 DAE結晶にDAC型回転式高圧セルを用いてずれ応力を作用させ光を照射すると,アンビルのキュレット面上の応力の強さに応じて色変化が観察される。4種の色変化の有無を横軸の応力と縦軸の光励起エネルギーを取った相関図に示した。相関図には,光とずれ応力の複合的効果による光異性化を示す領域と,その周囲に光異性化を誘起できない4種の領域がある。光異性化を示さない領域は,①光異性化に応力を必要とする低応力領域,②紫外光 (300 nm)での光異性化が観察されない領域,③応力により吸収帯が移動し,照射光とが一致しない領域,④強い応力が光異性化を抑制する領域である。本研究により4試料の各領域の応力とエネルギーの関係を明らかにした。 本研究では,ずれ応力による化学結合の制御法を創成することも目標としている。DAEの固相PCにはずれ応力と光が必要であるが,応力効果を明確にするために光や熱の作用を除いた条件での実験を進めている。PC分子のニトロスピロピラン類は,ずれ応力のみで閉環から開環MC体への固相での異性化が進行することが示唆されていたが,令和2年度に顕微赤外分光法によりMC体の生成を確認した。また,光異性化を起こさないロイコ色素類,ペンタセン,Diels-Alder付加体,保護骨格を有する分子に対するずれ応力効果を調べている。また,小型の回転式高圧セルを作製し,ずれ応力下100 Kでラマンスペクトルを測定できることを確認した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
令和2年度は下記の研究成果が得られたが,新型コロナウィルス感染症のための研究時間の制限により項目4の小型高圧セルの試作と製作に時間を要したことにより研究計画を変更し研究期間を1年延長した。 1. ジアリールエテンDAEの4試料の応力/波長相関図を作成し,波長可変固相フォトクロミズムPCの基礎となるPCの応力と励起波長の共通する条件を明らかにした。また,カチオン性DAEは粘土層間およびイオン液体中で安定化し繰り返し耐久性が向上した。 2. スピロピランSP-NO2結晶のずれ応力下の異性化に伴う色変化を顕微赤外分光法により調べ,開環体MC型から閉環体SP型に戻る過程を差スペクトルから確認し,ずれ応力による開環体の生成を明らかにした。カチオン性ピリドスピロピランと各種アニオンの塩の結晶が固相PCを示す条件は,SPカチオン周囲に閾値以上の反応空間をもつことであることを前年度までに明らかにしていた。本年度は,固相PCを示す結晶にダイヤモンドアンビルセルを用いて静水圧下での光照射を行い,圧力によってPCが抑制されることを見出した。 3. 応力による化学結合の制御に関する知見を得るために,ロイコ色素のフェノールフタレイン等 (令和元年度)に加えて,Diels-Alder付加体(AM, FM)と保護骨格を有する分子 (NPTHP, TBNBA)を合成し,ずれ応力による結合の開裂の可能性を調べた。現有の回転式高圧セルの応力では化学結合の開裂を示す明確な結果は得られなかったが,本実験によって,ずれ応力による化学結合の制御には,分子内に弱い化学結合をもち,かつ開裂による生成物が安定であることが必要であるとの指針を得た。 4. 小型の回転式高圧セルを学内で製作し,ずれ応力下低温100 Kでの顕微ラマンスペクトルを測定した。このセルは,低温測定のほかに,弱い応力実験と赤外顕微分光器での測定に利用する。
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今後の研究の推進方策 |
研究の最終年として,応力による波長可変固相フォトクロミズムPCの方法の具体化することおよび応力を用いた化学結合の制御の指針を得ることを目標に研究を進める。 1. ジアリールエテンDAE類:これまでに作成したBFCP, CMTE, DMCP, TMCPのずれ応力とPCの励起波長の相関図を精密化する。弱い応力領域は自作した小型回転式高圧セルを用いて応力を制御し,波長領域はバンドバスフィルターを追加して光の照射実験を行い,固相PCを誘起する応力と波長の関係を明らかにする。相関図からずれ応力によって固相PCの励起波長が敏感に長波長化する領域を定め,応力による波長可変固相PCの方法を具体的に示す。 2. スピロピラン類のずれ応力による開環体の生成-化学結合の開裂-を顕微赤外分光法により調べる。令和2年度SP-NO2の応力による開環体の生成を検証した方法をアルキル鎖長や置換基の異なる他のSPに適用する。また,小型回転式高圧セルにダイヤモンドアンビルを組み合わせて応力下の赤外スペクトルを測定し,蛍光によってラマンスペクトルが得られない応力下の分子の情報が得ることを目指す。また,小型セルを用いた低温・ずれ応力下のラマンスペクトルを測定し,熱(サーモクロミズム)の影響を除くための冷却方法を検討する。 3. ずれ応力による結合開裂を示す有機結晶の探索;光と熱の影響を除き,純粋に応力によって化学結合の開裂・生成を制御する方法を検討する。研究対象は,光応答性を示さない色素類,多環式芳香族炭化水素,歪みのある分子などである。 4. 装置作製:自作した小型の回転式高圧セルを弱い応力領域と低温での色変化の観察やラマンスペクトル測定および応力下の赤外スペクトルの測定に利用しながら,性能を評価し試作,改良する。また,既存の回転式高圧セルより強い応力を発生できる高圧セルの設計と試作を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
ジアリールエテンの相関図の精密化とスピロピラン結晶の光異性化の励起波長の応力依存性の検証を行い,応力による波長可変固相フォトクロミズムの方法を創成することを目標として研究を進めている。令和1年度は,応力/波長相関図の精密化とそのための弱い応力用の回転式高圧セルに作製に時間を要したために研究期間を延長した。さらに,令和2年度は,新型コロナウイルス感染症の影響により研究時間が制約されたために再延長した。また,申請時の計画との主な相違は,新たな小型セルを専門の業者に作製を依頼する予定であったが,学内の工作室で作製したことである。試作を経て,応力の印加とクライオスタットに組み込み冷却できる小型セルを作製できた。以上のように,研究期間を再延長し,小型セルの作製の予定を変更したことにより計画していた額を支出せず,次年度使用額を生じた。 使用計画:回転式小型高圧セルは試作の段階であり,応力下での分光測定,低温測定を行いながら,セルを改良するとともに,クライオスタットや分光器などを測定に合わせて改修していく,そのための材料,工作工具,サファイアアンビル,ダイヤモンドアンビルなどに支出する。また,研究対象とする試料を購入または合成するための試薬および光照射実験のための光源や波長選択ファイルターなど光学部品を購入する。
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