本研究は,新規に合成した低原子価9族元素ジチオラートアート錯体の触媒機能の開発と反応機構の解明を目的として,新規アート錯体による低活性な共有結合の切断による新たなアニオン性錯体活性種の発生方法を基軸とする革新的分子変換反応の創出について検討した. 平成29年度は,新規に合成した1価ロジウムおよび1価イリジウムジチオラートアート錯体の単結晶X線構造解析による構造決定を行い,いずれも2本の金属-硫黄結合を含む16電子平面四角形錯体であることを明らかにした.また,1価ロジウムアート錯体触媒による電子不足アルキンのヒドロシリル化反応において,種々の末端,内部アルキンに対して他のロジウム錯体とは異なるα選択性で反応が進行することを確認した.さらに,重水素化ヒドロシランを用いた標識実験,およびアート錯体とヒドロシランの量論反応の結果,H-Si結合の切断過程が律速であり,可逆反応であることが示唆された. 平成30年度と令和元年度(最終年度)は,1価ロジウムおよび1価イリジウムアート錯体の低活性共有結合の切断を起点とする新規触媒反応の開発を行った.H-m,C-m, S-m結合(m = Si,B,S)を有する化合物と分極した多重結合化合物の触媒的付加反応(平成30年度)および電子受容化合物との触媒的置換反応(令和元年度)について検討した.この過程で,1価イリジウムアート錯体とヒドロシランとの量論反応において,イリジウムアート錯体へのヒドロシラン二分子付加体の生成を確認した.触媒的置換反応の検討では,ヒドロシランの酸化によるジシロキサンの合成に関して,1価イリジウムジチオラートアート錯体が高い触媒活性を有することを見出した.本反応に関する,基質適用性や反応機構の解明が課題である.
|