研究課題/領域番号 |
17K05931
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
横山 泰範 名古屋大学, 工学研究科, 助教 (80402486)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 生体材料 / 光受容タンパク質 / 工業応用 / 固定化 / 疑似生体環境 |
研究実績の概要 |
光機能性膜タンパク質・バクテリオロドプシン(bR)を用いた新規光デバイス開発を目指し、生体分子が溶液環境中と同様の機能を発揮する生体環境疑似固定化法の創製に取り組むとともに、申請者の先行研究結果である凍結・融解法によるポリビニルアルコール(PVA-FT)ゲル固体試料中での紫膜積層について機構解明を行った。 PVAはゲル形成方法によって、約10 umの空孔からなる多孔質構造を形成するゲルや、多孔質より細かい網目構造を瞬時に形成するゲルが得られる。紫膜積層に対するゲルネットワーク構造の影響を明らかにするため、これらの固体紫膜試料について紫膜積層・紫膜間の周期構造について観測し、比較検討した。 各固体試料中における紫膜の積層について検討した結果、多孔質ゲルネットワーク構造とPVA溶液中の紫膜間の等方的周期構造の形成の両方が必要であることが明らかとなった。一方、固体試料全体を通じて紫膜が積層する要因について、紫膜の片側表面に偏在する負電荷間の静電斥力の影響を検討するために、PVA-FTゲル中において塩添加による静電遮蔽を試みた。その結果、静電相互作用の及ぶ距離(Debye長)が長い低塩濃度条件下においては約20 nmの紫膜間周期構造・固体試料中の紫膜積層が観測されたが、高塩濃度条件下においては規則構造も紫膜積層も見られなかった。塩の種類を変えた実験により、紫膜間規則構造形成・紫膜積層は塩の種類に依らずDebye長と非常に良い相関があることが明らかになった。 また、アガロースハイドロゲルで固定化した紫膜に対し、高温での光退色実験も行った。ゲルが融解する80℃以下の温度においては、紫膜中のbRは溶液中と変わらない温度変化を示し、高温変性中間状態への遷移が確認された。この中間状態が出現する条件で可視光を照射することにより、レチナールの退色が固体試料でも見られ、固体中での光書込みが可能であることを実証した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成29年度初頭に、本研究を推進する上で必要不可欠である円2色性分散計に大規模な修理が必要な状況に陥ったため、早急に当該分光装置の修理を行った。このため、今年度はPVA固体試料中での紫膜積層機構に焦点を当てて研究を進めることにした。 PVAは3つの異なる方法、物理架橋による凍結・融解PVA-FTゲルおよびジメチルスルホキシド(DMSO)添加PVAゲル(PVA-DMSO)、GAにより化学架橋されたPVA-GAゲル、によりハイドロゲルを形成する。また、PVA以外の媒体についても比較するために、アガロースによる物理架橋ゲルを作製した。PVA-FTゲルは3回程度の凍結・融解の繰り返しにより約10 umの空孔からなる多孔質構造を形成するのに対し、その他のゲルは多孔質より細かい網目構造を瞬時に形成する。各固体試料に対して紫膜の積層を検討したところ、多孔質構造を持つPVA-FTゲルでのみ積層が観測された。紫膜積層はPVAに特有のものでなく、形成されるゲルネットワーク構造に大きく依存することが示された。一方、PVA溶液中で見られた紫膜間の規則構造については、興味深いことにDMSOやGAの存在下でも観測された。また、高塩濃度条件下のPVA-FTやアガロースゲルでは紫膜は積層せず紫膜間の規則構造も見られなかった。これらの結果から、紫膜積層には多孔質ゲルネットワーク構造と紫膜間の規則構造の両方が必須であることを明らかにし、積層機構に迫ることができた。 今年度行った静電遮蔽の実験結果からは、紫膜はゲル中で同一方向に整列(配向)している可能性が示された。紫膜配向は、光の刺激により生ずる電気的応答の方向性が揃うことを意味するので、新たな光電デバイスに発展する可能性がある。紫膜固体試料の光電応答を観測するための計測システムを新たに立ち上げ、現在は電場配向させた紫膜固体試料からの光電応答を観測できるまでに至っている。
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今後の研究の推進方策 |
固体試料作製については、疑似生体環境を構築する方向でさらに研究を進める。具体的には、ハイドロゲルを中心に、物理架橋・化学架橋ゲルについて幅広く探索する。また、多孔質構造を持つゲルについても検討を行い、場合によってはハイドロゲルにこだわらず挑戦する。新たに作製した固体試料については、引き続き過渡吸収測定によるレチナール光反応性、可視円2色性測定による紫膜積層、小角X線散乱測定による紫膜間の規則構造について検討する。 今年度に紫膜固体試料からの光電応答を計測するシステムを立ち上げたので、次年度以降紫膜の配向について光電応答の面から研究を推進する。また、紫膜積層についての試料形状からの影響についても、検討する。 ハイドロゲルが本質的に持つ乾燥の問題について、新規固定方法の探索と合わせて対策を検討する。保水力の高いトレハロースのような2糖類や、ヒアルロン酸として知られるムコ多糖類のオリゴマーなどの添加を試み、その効果を検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成29年度初頭に研究推進に必要な分光装置の修理の必要が生じたため、本来の計画に変更が生じ、次年度使用額が発生した。しかしながら、288円と少額なため、次年度に特別な使用計画を考えているわけではない。
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