研究課題/領域番号 |
17K05941
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研究機関 | 甲南大学 |
研究代表者 |
建石 寿枝 甲南大学, 先端生命工学研究所, 講師 (20593495)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | DNA構造 / 細胞内環境 / 定量的解析 / がん / 転写 |
研究実績の概要 |
DNA二重鎖の一部に四重鎖が形成されると種々の生体反応の変異が誘発さるため、四重鎖の形成と疾患発症機構との関連性が注目されている。四重鎖の形成・解離は溶液環境の影響を受けやすいが、実際の細胞内の環境変化に応じた、DNA構造を解析した例はない。本研究では、がんの進行に応じた細胞内の環境変化に注目し、細胞内の環境変化がDNAの構造と機能に及ぼす影響を知り(「知る研究」)、それらの知見を活用する(「使う研究」)。そのため、下記の3ステップに分けて研究を行う。 (a)「試験管内の擬似細胞内環境においてDNA構造を知る研究」試験管内の擬似細胞内環境下におけるDNA構造の定量的解析を行う。 (b)「細胞内のDNA構造を知る研究」擬似細胞内環境と細胞内環境において、転写産物を解析し、細胞内の四重鎖の安定性を見積もる。 (c)「細胞内でDNA構造変化を使う研究」細胞内環境下におけるDNA構造や安定性予測できるエネルギー・パラメータをデータベース化し、細胞のがん化の進行を定量的に解析可能な新規のセンシングシステムを開発する。 本年度(平成29年度)は、DNA二重鎖、四重鎖の構造や安定性を試験管内の擬似細胞内環境において、がん等の疾患に関わる領域のDNAの構造と安定に及ぼす影響を解析した。その結果、擬似細胞内環境ではDNAの標準構造である二重鎖の全体構造には影響を与えず、二重鎖内のワトソン・クリック塩基対を不安定化し、ミスマッチ塩基対は不安定化しないことがわかった (Biochem. Biophys. Res. Commun., 496, 601 (2018))。さらに細胞内において転写反応過程を定量的に解析する手法を開発し、細胞内における核酸構造の重要性を示唆する知見を得た (J. Am. Chem. Soc., 140,642 (2018))。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、上述した(a)および(c)の細胞内環境が核酸構造に及ぼす影響について解析を行った。その結果、核酸の構造に依存した細胞内環境の影響をエネルギーレベルで解析し、データベースの構築に着手することができた。さらに、得られた知見を基に、擬似細胞内環境、正常細胞、がん細胞、悪性がん細胞内環境下で核酸構造が転写に及ぼす影響を解析し、核酸構造の機能についても明らかにすることができた。具体的には、細胞のがん化とその進行にともなった細胞内の夾雑環境が変化(カリウムイオン濃度の低下)することに注目し、カリウムイオンとの結合によって構造が安定化する四重鎖が、がん遺伝子の転写量を制御していることを見出した(J. Am. Chem. Soc., 140,642 (2018))。これらの研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society誌」2018 年1月17日号の表紙(Supplementary Journal Cover)に掲載掲載され、新聞各紙(2018年1月29日付日刊工業新聞、2018年2月21日付神戸新聞)朝刊に取り上げられた。また、2017 年 10 月に開催された国際学会ANNA 2017-Advances in Noncanonical Nucleic Acids (開催場所: スロベニア)で「Transcriptional regulation by DNA structural changes responsive chemical environments in cells during tumor progression」に演題で本研究成果の招待講演を行った。以上の研究成果から、本研究はおおむね順調に進展していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度は、上述した(a)の研究をより詳細に遂行するとともに、(b)の細胞内のDNA四重鎖の安定性を定量的に解析する研究に着手する。具体的には、鋳型DNA上に形成される四重鎖の安定性に応じて異なる転写変異が誘起される現象を活用し、細胞内、擬似細胞内環境において四重鎖をもつ鋳型DNAの転写変異の産物を解析し、形成される四重鎖の構造や安定性を見積もる。さらに、マウスの正常細胞(NIH3T3)、RAS遺伝子により正常細胞をがん化させた細胞(NIH3T3 [Ha-RasV12])、ヒトの乳がん細胞(MCF-7)、悪性乳がん細胞(MDA-MB-231)を用い、細胞のがん化やその進行による細胞内の環境変化が転写変異に及ぼす影響を解析する。また、細胞内と擬似細胞内環境の結果の相関を見積もり、溶液のどの物理化学的パラメータ(イオン強度、水や溶質の活量、誘電率、粘性、表面張力など)が四重鎖の安定性を決定する因子であるかを考察する。例えば、試験管内でカリウム濃度を低下させた溶液に、種々の分子クラウディング剤に水の活量を変化させた環境を構築する(擬似がん細胞)。この試験管内の環境下における転写変異の解析結果と、siRNAによりカリウムチャンネル(kcnh1)の発現をノックダウンした細胞内での転写変異の結果を比較し、転写変異を誘起するために重要な相互作用を見積もる。
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