研究課題
綿由来セルロースナノウィスカー(CNW)の湿式紡糸により得られた繊維の力学物性値が、CNW物性によりどのように変化するかを調査した。表面をカルボキシ化したCNWから紡糸した繊維は、表面に硫酸エステル基を有するCNWの繊維よりもヤング率と破断強度が高かった。これはカルボキシ基と水酸基の間の水素結合形成によるものと推測された。表面カルボキシ基を活性化して水酸基との間で架橋を形成することを視野に入れ、非水系ドープからの紡糸、すなわち無水DMFを分散媒としたCNW懸濁液ドープの紡糸に成功した。さらに表面カルボキシ基量を様々に変化したCNWを紡糸し、ヤング率・破断強度とカルボキシ基量の関係を調査した結果、CNWの配向度とヤング率はカルボキシ基量に影響を受けなかったが、破断強度はカルボキシ基量に伴い増加することがわかった。また、CNW間の化学架橋による物性の変化について調べた。アルカリ性環境下において水酸基同士を架橋するジビニルスルホンを用いてCNW間の架橋を試みた結果、ある架橋条件下においては破断時ひずみが2%から4%に増加したことがわかった。しかしヤング率および破断強度の向上は見られず、CNW間に効果的に架橋剤を導入した後に、アルカリの使用によらずに架橋を促進する架橋スキームの開発の余地があることが示唆された。
2: おおむね順調に進展している
種々の異なるCNW懸濁液(表面官能基の種類および量、セルロース起源の違い、架橋の有無)による紡糸条件の最適化に成功し、CNW紡糸の体系的な結果が蓄積されつつある。また、CNW繊維の架橋により力学物性が変化する最初の結果を得ている。さらに、本研究の目的である、表面カルボキシ基の活性化および引き続く表面水酸基との架橋形成に不可欠な、非水系条件下における紡糸条件の最適化にも成功している。上に記した、将来的な非水系条件の紡糸および引き続く加熱による架橋へ向けた準備は十分に整っており、さらに、キチンナノウィスカーのような他の多糖類微結晶を用いた繊維紡糸に向けた知見が蓄積されつつある。
CNW間の化学架橋による高強度・高弾性率繊維の作製に注力する。これまでに予備的に検討した表面カルボキシ基の活性化および加熱による架橋に加え、二官能性架橋剤を用いた架橋を新たに試みる(例えば、水系でカルボキシ基とエステル結合を形成できる官能基の例を調査済みであり、水懸濁液から紡糸した繊維に適用可能であると考えられる)。さらに、カニ甲殻由来のキチンナノウィスカーを紡糸ドープとした繊維の紡糸を試みる。キチンは生分解性が高く、抗菌性も有するため、CNWから紡糸した繊維と異なる物性を有する繊維の調製が期待される。さらにキチン表面には一級アミノ基が存在し、水酸基やカルボキシ基よりも多種の反応に対して反応性が高く、より効率的な化学架橋が期待される。
紡糸のための条件最適化を予想していたよりも早く終えることができ、また紡糸や架橋の検討のために必要な器具や試薬を当初の想定よりも短い段階で終えることができたため、予算にあまりが生じた。次年度の予算の使用状況を見据え、年度内に予算の大きな余裕ができそうな場合には、セルロースの分子量や表面官能基の分析に必要な分析装置(例えば、高速液体クロマトグラフや紫外ー可視光分光光度計など)を購入する予定である。
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