研究課題/領域番号 |
17K06140
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
白井 敦 東北大学, 流体科学研究所, 准教授 (20302226)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | HL-60 / Rolling / P-selectin / Pressing force |
研究実績の概要 |
平成29年度は,血管内皮細胞の表面形状を六角形パターンに近似したPDMS基板を作成し,傾斜遠心顕微鏡を用いて,HL-60細胞の挙動観察を行った.そして,押しつけ力およびパターン形状が細胞の移動軌跡に与える影響を明らかにした. まず,人工血管内に培養したヒト妻帯静脈血管内皮細胞(HUVEC)の蛍光顕微鏡画像より,血管内皮表面を千鳥状並んだ正六角形パターンに近似した.そして,仏国リヨン第一大学の協力により,厚さ1mmのPDMSシートにこの形状を転写することに成功した.また,このPDMSシートは非常に柔らかいため,空気プラズマによって親水化してガラス平板に接着させることで,血管内皮表面の幾何形状を模擬した基板を作成した. 次に,本基板を用いて,未分化のHL-60細胞のローリング挙動観察を行った.未分化の細胞を用いたのは,分化による細胞の不特異的な基板への接着を防ぐためである.好中球のローリングが観察される後毛細血管細静脈では,集軸した赤血球によって好中球は血管壁に押しつけられるが,その押しつけ力は論文によって様々である.そこで,過去の研究および傾斜遠心顕微鏡の動作範囲を考慮して,基板接線方向の血球駆動力を30pNで固定し,基板法線方向の押しつけ力を23.5~70.5pNの範囲で変化させて,HL-60細胞の挙動変化をPTV解析した.その結果,押しつけ力が増加するに従って,細胞は六角形パターンの谷間を通過することが確認された. 更に,生体内において,血流による剪断応力に曝される血管内皮細胞は流れ方向に配向することが知られている.これを模擬するため,上記の六角形と面積が等しい伸長した六角形パターンの基板を作成し,同様の実験を行った.そして,正六角形パターンの結果と比較した結果,HL-60細胞がパターンの谷間を通る確率は,パターン形状に依存しないことが明らかになった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初予定していた研究計画は,遅滞なく実行された.平成29年度に得られた結果の中で最も特筆すべき点は,パターンの谷間を通る細胞の割合は,パターン形状に依存しないというところにある.生体内において,血管内皮細胞は血流の剪断応力によって流れ方向に配向するとともに,その高さを減ずることが知られている.本研究ではパターンの高さは一定であったが,高さの減少を押しつけ力の減少と読み替えると,生体内において血球はより直線的に転がることを示唆する. 更に,平成29年度は,予備実験として,基板のPDMS表面にP-セレクチンを塗布する実験を行った.この中で,PDMS表面にそのまま塗布した場合にはセレクチンの接着がほとんど見られなかったため,APTES((3-アミノプロピル)トリエトキシシラン),Poly Dリジン,Type Iコラーゲン,ポリドーパミン等でコーティングする技術を検討した.しかし,結果として,期待された効果は見られず,むしろ,空気プラズマにより親水化処理したPDMSをP-セレクチン溶液に浸漬するだけの方がまだ効果的であることが確認された. また,この基板を用いて好中球用細胞に分化したHL-60細胞の挙動を観察したところ,多くの細胞が基板上に停滞することが確認された.その結果,PTV解析において正しい血球速度の計測が困難になることが明らかになった.
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今後の研究の推進方策 |
申請者は,平成30年4月より私立大学に転職した.傾斜遠心顕微鏡をはじめとした多くの実験機器は,前任校の運営費交付金等で購入したものも多く含まれるため,これらは前任校に残したままである.そのため,平成30年度は,まず,PDMS基板にP-セレクチンを効果的に塗布する技術を模索する.目標としては,平成26年度科学研究費(基盤(C))の補助を受けて行った,P-セレクチンを塗布したガラス平板上におけるHL-60細胞のローリング挙動解析実験と比較し得る濃度である.現在,転職に伴う事務手続きを行っており,完了し次第,移管できる物品のリストアップおよび移送を行って実験を開始する. また,傾斜遠心顕微鏡を用いたローリング実験においては,HL-60細胞の継代(1回/3日)および細胞の分化(分化完了まで約5日)が不可欠であり,細胞が長距離輸送に耐えられないので前任校の協力が不可欠である.これに関しては,現在,その可否について検討中である.
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