研究課題/領域番号 |
17K06635
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研究機関 | 横浜国立大学 |
研究代表者 |
松本 由香 横浜国立大学, 大学院都市イノベーション研究院, 准教授 (70313476)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 鋼構造 / 被災建築物 / 局部座屈 / 面外変形 / 損傷度 |
研究実績の概要 |
本研究は,地震後の現地調査によって鋼構造部材が受けた損傷を把握し,部材や骨組の残余耐震性能を推定する方法を構築するために計画したものである.日本建築防災協会刊行の被災度区分判定基準では,耐力低下が生じるまでの柱・梁材の被災度区分を,柱の残留傾斜角,塗装の剥離,局部座屈の程度などに基づいて判定する.柱の残留傾斜角と局部座屈による断面の面外変形は,現地調査において定量的に計測可能な項目であり,これらの値と部材が受けた塑性変形との関係が明らかになれば,部材の残余耐震性能を評価する上で有力な手がかりになる. 平成29年度は,まず部材断面の面外変形を効率的に計測する方法を考案した.ここでは,柱の材軸に対して平行にスライドレールを固定したアングルを立て,レーザー変位計のセンサーヘッドをレール上で移動させながら,フランジ表面までの距離を計測する.さらに,アングル上に固定したワイヤー変位計によってセンサーヘッドの移動量を同時に計測し,材軸方向の座標に応じたフランジの局部座屈波形を計測することができる. 次に,柱材にBCR295角形鋼管およびSN400B圧延H形鋼を用いた片持ち柱試験体を製作し,繰り返し載荷によって耐力が低下するまで損傷を与え,前述の計測方法を用いて断面形状の変化を追跡した.前述のフランジ面外変形の計測方法では,最大面外変形が1~2mmに達すると局部座屈が生じたと判別できる.この段階では,柱が耐力を保持できなくなる限界に対して,角形鋼管では最大35%,H形鋼では最大25%の塑性変形を受けていた.被災度区分判定において局部座屈(小)と判定される段階は,角形鋼管では終局時に対して35~65%程度,H形鋼では25~50%程度の塑性変形を受けていた.以上のように,柱が受けた塑性変形量と柱フランジの面外変形の関係を把握することができた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成29年度は,1)鋼部材の断面形状を効率的に計測できる計測方法を考案すること,2)片持ち柱試験体の繰り返し載荷試験を実施し,断面形状の変化と部材の損傷度の関係を把握することを目標としていた.1)については,レーザー変位計とワイヤー変位計を組み合わせることによって,材軸方向の座標に応じた局部座屈波形を計測することができ,波形から最大面外変形を抽出するためのデータ処理方法を確立することができた.2)については,片持ち柱試験体の載荷を予定通り完了し,耐力が低下するまでの過程における荷重変形関係と,柱の残留傾斜角,柱フランジの局部座屈波形のデータを計測することができた.これらのデータを分析した結果,柱の残留傾斜角と柱フランジの面外変形との組み合わせに注目することにより,従前の被災度区分判定に比べて部材の損傷度を精度よく推定できる見込みがあり,当初の研究目標を達成することができた.また,次年度に計画している損傷を受けた試験体の再載荷試験の準備も滞りなく進んでいる.
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度の研究成果によると,鋼部材フランジの面外変形と残留傾斜角の組み合わせによって,部材の損傷度を精度よく推定できる.次年度以降は,1)損傷を受けた鋼部材の再載荷試験,2)部材の軸力比および載荷パターンをパラメータとした載荷試験,3) 有限要素解析によるパラメトリックスタディの3課題に取り組む. 1)は平成29年度に損傷を与えた試験体の再載荷を行い,部材が実際に保有する残余性能を確認するための試験である.ひずみ時効後の試験体の残余耐力が初期載荷時の耐力に対してどの程度変化しているかを調査するとともに,残余変形性能を確認する.2)は,軸力比と載荷パターンをパラメータとして繰り返し載荷を行い,パラメータがフランジ面外変形に及ぼす影響について検討するための試験である.特に,柱を想定して長期荷重に対応する圧縮軸力が作用している場合は,軸力が作用しない場合に比べてフランジの面外変形が早期に進行する可能性があり,実験による確認が不可欠である.3)は,平成29年度以降の実験によって得られた知見の一般性を検証するためのパラメトリックスタディである.実験では,部材断面,鋼種,軸力比などの主要パラメータがある程度限定されるため,解析的な検討によって補完する必要がある.まず,これまでの実験について再現解析を行い,試験体の荷重変形関係とフランジ面外変形が解析によって再現可能であることを確認する.次に,部材断面はFA, FBの柱材,鋼種は引張強さ400~490級鋼を網羅できるように部材を設定し,軸力比0~0.4程度でパラメトリックスタディを行う.得られた解析結果,実験結果より,部材の損傷度と残留傾斜角・フランジ面外変形の関係を整理し,後者から前者を推定する方法を提案する.
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次年度使用額が生じた理由 |
部材の載荷試験では,試験体表面に歪ゲージを貼付して歪分布を計測している。今回の実験では,フランジの面外変形を計測する際に支障が生じるため,歪ゲージが貼付できない部位が生じて歪ゲージの使用枚数が少なくなり,当初の見込みに比べて執行額が少なくなった。同一の実験シリーズに使用する歪ゲージは,ロットを統一するために一括して購入することが望ましいが,H29年度予算の残額では次年度に計画している実験シリーズに必要な歪ゲージをすべて賄うには不足する。そこで、残額を次年度に繰り越し,次年度予算と合わせて必要な歪ゲージを一括して購入することが合理的と判断した。
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