初年度から令和3年度までは,予備実験のデータの分析を通して,研究計画を修正しながら実験の準備を進めた.予備実験では,VRパノラマという技術を用いて50種類の枯山水庭園を提示し,23名の参加者が印象を評価した.主な分析結果として,複雑さと新奇さの印象が美しさや面白さという感性に関係していること,白砂の範囲が適度な時に美しさと好ましさが向上すること,適度な左右の不均衡性により美しさと好ましさが向上すること,画像のエントロピーやフラクタル次元,エッジの密度が複雑さと自然さに関係していることが明らかになった.しかし,それ以外に明確な関係は得られず,全体的な評価構造をモデル化することは難しいと判断した.さらに文献調査を進めた結果,芸術に関する心理学で古くから論じられてきた,複雑さと秩序に対象を絞ることにした. 令和4年度には,庭園の印象の評価と鑑賞時の生体反応を調べる実験を行った.30種類の典型的な枯山水庭園を提示し,20名の参加者が印象を評価した.鑑賞時の生体反応として,脳波,眼電位,心電図,皮膚電気活動を計測した.印象のデータを分析した結果,美しさと複雑さ,美しさと秩序の間に正の相関があり,複雑さと秩序の間に負の相関があることが明らかになった.つまり,複雑さと秩序が増すにつれて美しさが向上するが,複雑さと秩序を両立することは難しく,そのバランスを取ることが美しさの創出に関係していると考えられる.生体反応については,覚醒度や視覚探索の活性度に関する複数の指標を求め,印象との関係を分析した.しかし,部分的には相関が見られたものの,一貫した全体的な傾向は確認できなかった. データの分析は今後も継続し,新しい成果が得られ次第,学会などで発表を行う予定である.本研究の成果は,日本の文化と人間の感性を科学的に理解する試みとして,学術的な意義を持つと考えられる.
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