研究課題/領域番号 |
17K06744
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
研究分野 |
建築史・意匠
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
山崎 鯛介 東京工業大学, 博物館, 教授 (10313339)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 神社 / 神楽殿 / 近代 / 江戸 / 東京 / 神楽 / 荏原郡 / 境内 |
研究成果の概要 |
江戸後期には、都市部で神事としての神楽が見られたのに対し、農村部では祭事としての里神楽が既に一般的であった。常設の神楽殿は、江戸期には神楽の内容や地域に拘わらず少なかったと考えられ、明治期から大正・昭和初期にかけて広範囲に建設されるようになり、特に昭和初期の郊外でその傾向が顕著に見られた。 また、旧荏原郡を対象に江戸期と明治初期における神社数とその管理運営体制を比較すると、江戸末期の神社数は445社で明治初期の1.5倍もあり、その7割は寺院または別当寺院によって管理されていた。このうち、別当寺院の管理下にあり、独自の敷地を持っていた神社の多くは神社整理を免れ、明治期以降も存続することとなった。
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自由記述の分野 |
建築史
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研究成果の学術的意義や社会的意義 |
本研究は、東京の身近な神社が都市の近代化の過程でどのように地域と関わり、変化してきたかを明らかにしたものである。前半では境内施設の一つである神楽殿を分析対象とし、その建築的特徴や境内配置から、それが祭礼施設として地域に普及していく過程を明らかにした。また後半では、江戸期におけるどのようなタイプの神社が近代に地域施設としての神社になり得たかを考察し、神仏混淆の江戸期において別当寺院の管理下にありかつ独自の敷地を持っていた神社が明治初期の神社整理を免れ、明治期に地域(町村)との結びつきを強めたことを明らかにした。これらは地域施設としての神社の成立過程を明らかにした点において学術的意義が高い。
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